ケダモノ、148円ナリ

菱沼あゆ

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ケダモノが膝を抱えています

いろいろと吐いてもらいましょうか

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 もう駄目です。

 誰か助けてください……。

 お風呂上がりに明日実はまた、馬にさせられていた。

「ひひん……」

 力なく鳴きながら、子ども、結構重たい、と思っていた。

 ……貴継さんよりはマシだけど。

 誰かとスマホで話していた鏡花が言う。

「ほら、あんたたち、もう寝なさい。
 明日実は明日、会社なんだから」

「オッケー。
 おやすみー」

「おやすみなさい、明日実ちゃん」

 二人とも、鏡花が怖いのか。
 彼女が一言言っただけで、さっと明日実から降りた。

 ふいーっとラグに座り込むと、

「ほら、明日実。
 呑みなさいよ」
と鏡花が言う。

 いつの間にか、テーブルには鏡花が作ってくれたらしいツマミと酒が並んでいた。

「あっ。
 大人だけずるいっ」
という子どもたちに、鏡花が睨みをきかす。

「いいから、寝なさいって。
 あなたー、この子たち、寝かしつけてー」

 鏡花が一声かけると、今度はご主人がさっと立ち上がり、子どもたちを洗面所に連れていった。

 よく訓練された軍隊のようだ……。

 私だったら、舐められそうだけどなー。
 旦那さんにも子どもにも。

 既に貴継さんには舐められ切ってるし。

 って、貴継さんと結婚するわけじゃないけどっ、とワイングラスを手に、ひとり赤くなっていると、一緒にラグに腰を下ろした鏡花がにじり寄ってきて笑う。

「さあ、いろいろと吐いてもらいましょうか」

「えっ?
 なんの話ですかっ」

「声だけでもイケメンっぽい、あの謎の婚約者とやらと、顕人と、その指輪についてよ」
と明日実の手のイルカを指差す。

「あっ、これ、可愛いでしょう?
 水族館で買ってもらったんです」
と言うと、鏡花は渋い顔をし、

「その安物、まさか、婚約者に買ってもらったの?」
と酒を作りながら、訊いてくる。

 明日実には呑み慣れたワインをくれたが、鏡花は水割りかなにかを呑んでいるようだ。

 普段呑まない酒の種類はいまいちわからないのだが。

「安物とか言わないでください。
 可愛いんですから」
と膨れてみせると、

「まあ、好きな人にもらえば、なんでも嬉しいわよね」
と鏡花が言ってくる。

「べ、別に好きな人では……」

「私も嬉しかったなー。
 高校生のとき、顕人がくれた、今思えば、オモチャみたいなネックレスとか」
と言い出す。

 うわー。
 なんとなく知ってはいたけど、鏡花さんがおにいさまとのことを口に出すのは初めてだ、と思っていた。

 少し年が離れているので、ぼんやりとは知っていても、なんだか遠い世界の出来事だったから。

「寝かしつけといたよー」
とご主人が顔を出す。

「ありがとう。
 貴方も一緒に呑む?」
と振り返り、鏡花は言っていたが、ご主人は穏やかに微笑み、

「いや。
 女同士ゆっくり呑みなよ。

 おやすみ。
 明日実さん、ごゆっくり」
と言って、去っていった。

「いいご主人ですよねー。
 でも、聞こえてなかったですか? 今の」

 顕人もよく此処へ来ていると思うのだが、と思いながら言うと、
「いいのよ。
 知ってるから。

 だって、昔のことでしょ。

 今、なんとも思ってないから、平気で言えるし。
 家にも呼べるのよ。

 それに、顕人という失敗があったから、今があるって言うかね」
と鏡花はサバサバした口調で言っていた。

 なにかちょっと、おにいさまが可哀想な気がするが、と思っていたが、
「顕人から得た教訓よ。
 他の女に気が向いてる男は、二度と選ばない」
と言い出した。

「そうだったんですか?
 意外ですね。
 おにいさまが、そういういい加減な方とは思いませんでしたが。

 ……いてて」

 何故だろう。
 鼻をつままれてしまった。

 鏡花はグラスを手に、
「あのロリコンめ」
と呟いている。

「まあ、顕人に、まるきり気持ちが残ってないかって言うと、ほんとは嘘になるけどさ」
と爆弾発言をしたあとで、

「で、あんたそれ、まさか、婚約指輪だなんて言わないわよね」
と訊いてきた。

「そんなんじゃないですけど。
 でも、大事な指輪です。

 貴継さんのお父様が勧めてくださって、貴継さんが買ってくださって」

 あの屋敷ではめてくれた。

 貴継さんの大事なあのお屋敷で――。

「ふーん。
 いい男なんだ?」
とこちらを見た鏡花が、淡々と言ってきた。

「ええっ?
 なんでですか?」
と言ったが、いや、別に、と言う。

 そのとき、玄関のチャイムが鳴った。

 はいはい、と鏡花が立ち上がる。

 グラスを手にしたまま、玄関の方を振り返りながら、
「誰でしょうね、こんな時間に」
と言うと、

「さあ、顕人かしらね」
と言いながら、鏡花は玄関を開けに行く。

「こんばんは。
 夜分遅くにすみません」
という声が聞こえてきた。

 ……聞き違い……

 な、訳は無いっ!

 何故だかわからないが、自分が貴継の声を聞き違えるわけはないと思った。

「貴継さんっ」
と廊下に駆け出すと、玄関先で鏡花が、貴継を前に、

「あら、ほんとにいい男。

 大丈夫?
 迷わなかった?」
と訊いている。

 あっ。
 もしかして、さっきの電話っ。

 鏡花のスマホにかけて、この住所を聞き出したのに違いない。

 自分にかけたのでは、来ないでくださいーっ、と言われるだろうと読んで。

 さては、私のスマホを見たときに、鏡花さんの番号を覚えてたんですねっ、と思ったとき、

「明日実、あんたやっぱり面食いねえ」
と言いながら、鏡花が貴継を連れて戻ってきた。

「た、貴継さん出張はっ?」

 大きな貴継を前に、少し跳ねるようにして、早口に訊いてしまう。

 心配になったからだ。

「いや、明日の会議に間に合うように戻るが。
 お前が此処に居るというから心配で」

「なんでですか」

「顕人が来るかもしれんだろ」

 確かに、と鏡花は笑っている。

「まあ、ゆっくりしていきなさいよ。
 明日実を連れ出さなくても、あんたも此処に泊まればいいじゃないの」

「いや、そんな迷惑をかけるわけには」

「ひとりも二人も一緒よ。
 まあ、呑みなさい。

 その代わり、最後まで、私の酒に付き合うのよ」

「たっ、貴継さんっ。
 殺されますっ」
と明日実は貴継の上着をつかむ。

「鏡花さんは、うわばみなんですっ」

「大丈夫だ。
 俺はヤマタノオロチだ」

 いや、それ、どっちでも同じじゃないですかね。

 まあ、酒の強さは同等か? と思いながら、仕方なく二人のあとをついて、リビングに戻った。


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