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ケダモノが膝を抱えています
全然いい雰囲気ではないですよっ?
しおりを挟む「すごい。
みんな振り返っていきますよー」
明日実はカウンタックの助手席から、通りを歩く人々を振り返る。
「フェラーリとかはよく見るけど、カウンタックはあんまり見ないですもんねー。
せいぜいディアブロとか」
「楽しいか?」
と問われ、はい、と振り返って笑うと、
「ならよかった」
と貴継は満足げに笑う。
……こういうときの顔は好きなんだけどな。
まあ、鏡花に言わせれば、この人全然ケダモノではない、そうなんだが。
「管理人さんと話してたのは、この車の駐車場の話だったんですね」
「むき出しで、その辺に置いてとくわけにはいかないからな。
普段は、友だちのガレージにとりあえず置かせておいてもらうことにしたんだが。
たまにお前が乗るときには止めさせもらおうと思って、空いてた駐車スペースを借りることにしたんだ」
「あ、じゃあ、せめて、その分は払います」
と言うと、
「いや、それはあれだ。
今日、改札まで見送ってくれたご褒美だ」
「だからいりませんって、そんなのー」
と言うと、貴継は黙り、黙って赤信号を見つめている。
「なかなか爽快だが、この車には、ひとつ、大きな欠陥があるな」
「えっ? なんですか?」
天下のカウンタック様に欠陥とかっ。
確かに運転中、エンジンが火を吹いたりもするけどっ、と思っていると、貴継は、大真面目な顔で、
「寝るような体勢でシートベルトで固定されてるから、キスしにくいぞ。
今、いい雰囲気だったのに」
と言い出した。
いやいやいや。
全然いい雰囲気じゃなかったですよね~、と思いながらも、ちょっと笑ってしまっていた。
以前なら、もうっ、と怒っていたところだな、と自分でも気づかないこともなかったのだが。
「あ、あのっ。
今日は駄目ですっ」
今日は嫌っ、と繰り返し、明日実は部屋に戻るとすぐに、勝手に抱えられて運ばれた貴継のベッドから逃げ出そうとした。
「今日だと、カウンタックのために身売りしたみたいじゃないですかーっ」
「日々理由を考えつく奴だなっ。
明日は空が青いから駄目ですとでも言うつもりかっ」
もういい加減、観念しろ、と明日実の頭の上で、明日実の両手を片手で押さえ込み、言ってくる。
「そもそも、お前が俺を拒絶する理由はもうないと思うが」
「な、なんでですか」
「だって、お前、俺のこと好きだろう」
そう言い切られ、うっかり、絶句してしまった。
すぐに違うと言えなくなっている自分に気づいてしまったからだ。
だが、
「そ、そんなはずありません」
と自分自身に言い聞かせるように明日実は言う。
「まだ顕人が気になるのか」
そう言われ、ようやく顕人のことを思い出した。
わ、忘れてた……。
おにいさまのことを。
「ほら見ろ」
とこちらの考えを読んだように、明日実の手を押さえつけたまま、貴継は笑う。
「お前は誰かを好きになるのが怖いから、兄の顕人を好きだと思い込もうとしていただけだ」
「そ、そんなこと……」
「俺という王子が来た今、偽の王子はいらないだろ?」
と言いながら、明日実の頬に口づけてくる。
誰が王子だーっ。
っていうか、勝手にボタン外さないでっ。
「こんな手馴れてる人は嫌ですっ」
「俺が手馴れてなかったら、まったく手馴れてないお前とじゃ、なんにも話が進まないだろうがっ」
た、確かに……とちょっと思ってしまった。
「明日実」
とやさしく見つめてきながら、左手はもう明日実の服を脱がそうとしている。
「やっ、やっぱり嫌ですーっ」
「わかったっ」
と起き上がった貴継はいきなり、おのれのネクタイを外し、明日実の目に巻いて縛ろうとする。
「じゃあもう、目隠しして、俺をおにいさまだとでも思ってろっ」
「それは嫌ですっ」
どういう意味で、それは嫌だと言ったのかな、と自分で思いながら、ネクタイを振り払ったとき、明日実は悲鳴を上げていた。
貴継の後ろにぼうっと立つ人影があったからだ。
ひゃーっ、と脳天を突き抜けるような悲鳴を上げ、思わず、貴継の後ろに隠れてしまう。
「……顕人」
貴継の後ろに、左頬を腫らした顕人がぼんやり立っていた。
「おにいさまの……霊っ!?」
「生きてるだろ。
薄情な奴だな」
と貴継は言う。
「どうした、顕人、ついに堂々と不法侵入か」
と言う貴継を生気のない目で見たあとで、顕人は明日実と貴継の居るベッドの端に腰かける。
明日実を縛ろうとしたネクタイを持ったまま、おいおい、という顔で、貴継はそちらを見た。
「その顔はどうした?」
顕人は両膝に手を置くと、俯き溜息をもらす。
「俺が明日実を好きなことが婚約者にバレて、バッグの金具のところで殴られた」
えっ、と声を上げた明日実に、貴継は舌打ちをする。
「それで?」
「……破談にするかと訊いたら、そんな体裁の悪いこと出来るはずがないから、結婚して、二、三年は一緒に居てもらうって言われた」
「そうか。
よかったじゃないか。
一緒に暮らしているうちに情も湧いて、なし崩し的にそのまま夫婦で居るさ。
おやすみ。
俺たちは今、いいところなんだ。
帰れ。
残るなら、明日実の部屋を使え」
いや……いいところどころか、悪いところですよ、と思いながら、明日実は貴継の陰からそうっと顕人を窺っていた。
「お前、専務になるそうだな」
振り向いた顕人がいきなりそんなことを貴継に向かって言い出す。
「えっ」
「なんでお前が知っている?」
「いや、お前の会社の役員が、うちの父親、つまり明日実の父親でもあるんだが――」
今、どさくさ紛れにそんな告白はいりませんから、と思っていた。
「父親を訪ねてきて、大層な文句を言っていたぞ。
社長はお前に甘すぎると。
一度は追い出した創業者一族の息子をたいした実績もないのに、いきなり専務にするとか」
「幾つもその話には間違いがあるな。
俺はたいした実績もないことはないし、社長は俺に甘いんじゃなくて。
うちの父親を追い出したときに、法律すれすれの際どいことを幾つもやってるのを知って、脅しただけだ。
あの社長のことだ。
部下をかばって、自分が矢面に立つだろうからな」
と笑う。
おにいさま、この人、真っ黒です……。
こっちが完全に悪役だ、と思いながら、貴継の腕をつかむ。
そうか。
それで、この間からバタバタしていたのかと気づいた。
そういえば、役員とも何人かずつ、個別に会食しているようだ。
貴継が専務になり、いずれ会社を奪還するのなら、ゴマをするべきだ、と考える派閥と、徹底的に反発しようとする派閥とがあるのだろう。
役員の中にも株主の中にも。
そもそも、クーデターというものに難色を示していた一派も居るようだ、と会社に居るうちに気づいたことだし。
「強引な真似はやめろ。
会社を取り戻しても、社員の心はつなぎ止められないぞ。
お前が優秀なのはわかっている。
もう少し時期を見ろ。
お前は若すぎるし、クーデターで追い出された創業者一族のイメージもまだ強すぎる」
「お前は俺に説教しに来たのか」
ついでだ、と言い、顕人は立ち上がる。
「お前と明日実が結婚するのなら、お前にみんなにそしられるような真似はして欲しくない。
明日実まで同じ穴のムジナだと見られるからな。
いや。
だがもう関係ないか。
お前が会社を奪還するのなら、俺は明日実を奪還するっ」
「……ついに本性出してきたな」
と貴継が自分を見下ろす顕人を見て、にやりと笑う。
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