ケダモノ、148円ナリ

菱沼あゆ

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ケダモノが膝を抱えています

俺だって、頼りになるぞ

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 二人にした方がいいかな、と思い、明日実は後片付けをするフリをして、キッチンに戻った。

 貴継も空気を読んでか、やってくる。

 だがまあ、キッチンとリビングはつながっているのだが。

「……トーストでも焼くか」
とやることがないからか、貴継が言ってくる。

「あの方、ご飯食べてこられたんですかね?」

「この状況で呑気に飯食ってくる女が居ると思うか?」

「でも、お腹が空くのはまた別じゃないですか?」
と貴継を見上げて言うと、

「お前は、俺が浮気してると知っても、食ってそうだな……」
と失敬なことを言ってくる。

「……真冬さんの分はご用意しますが、貴方の分はご用意しません」
と言い、パンを取るため、貴継に背を向けた。

 貴継は、お前は食べそうだと言ったことを怒ったと思ったようだったが、違う。

 俺が浮気してもってなんですか。

 なんで、さらっとそんな言葉が出てくるんですか。

 将来的にはする予定でもあるとでもいうんですかっ。

 いえ、私にはなんの関わりもないことですけどっ!?

「明日実、パン、何枚焼く気だ……」

 気づいたら、次から次へと六枚切りのパンをオーブンレンジのど真ん中に積み上げていた。

「せめて並べろ」
と言いながら、貴継がやってくれる。

 貴継の大きな手が明日実の指先が触れ、びくりと逃げてしまう。

 貴継が少しこちらを見た。



 ちょっと不安なんだが、と貴継は思っていた。

 前から思ってたんだが、もしかして、こいつ、ちょっと弱ってる男が好きじゃないか?

 俺が弱り気味のときもやさしいし。

 顕人の方を振り返ると、こう着状態のようで、腕を組んで黙って顕人を見下ろす真冬の前で、顕人はただ項垂うなだれて正座させられている。

「おい」
と小声で明日実に呼びかける。

「お前、顕人のどんなところが好きなんだ?」

「ど、どんなって言われても」
と明日実は赤くなって言う。

「えーと。

 た、頼りになるところとか?
 爽やかで素敵なところとか?」

 今、地球上でもっとも頼りにならず、素敵でない感じなんだが……と後ろを振り返って思う。

 黙っている真冬は、そんな明日実の言葉に聞き耳を立てているように見えた。

「頼りになるから好きになったのか?
 それなら、俺だって、頼りになるぞ」
と貴継は主張する。

「カウンタックを見つけて買ってくるくらい」
と言うと、明日実は、

「それはなんか違うような……」

 嬉しかったですが、と言ったあとで、少し考え、

「おにいさまのことが最初に気になったのは、小学生だったおにいさまが庭で転ばれたときです」
と言ってきた。

「颯爽と立ち上がったとか?」

「泣いてらっしゃいました。
 結構長い間ぐずぐずと。

 どんなにおばあさまがなだめられても、痛いからと治療も嫌がられて」

「……駄目じゃないか」

「でも私、いつもは毅然きぜんとしてらっしゃるおにいさまが、背中を丸めて、膝を抱えてらっしゃった姿に、なんだかきゅんっと来たんです」

 やっぱりか。
 こいつ、弱ってる男に弱いんだな。

 俺はいつでも颯爽としてるから、こいつにとってはイマイチなんだろうな、と明日実が聞いたら、いやいや、と手を振りそうなことを本気で思う。

「じゃあ、俺も今から転ぶから見てろ」

「いや、大人が転んでも……。
 なにやってんでですかと思うだけですが」

 そのとき、沈黙していたのに、なにが、どう決着が着いたのか。

「帰るわ」
と真冬が立ち上がった。

「私、モスクワの式場で待ってます。
 私と結婚する気になったら、いらっしゃい」

 完全に上から目線で、顕人に言い放ち、出て行った。

 玄関のドアが閉まる音を聞きながら、
「あれは、追うべきなのか?」
と貴継は同じ女である明日実に訊いてみる。

 明日実と喧嘩したときの対処法をどさくさ紛れに訊いてみようと思ったのだ。

「追ってきてくださったら、もちろん嬉しいですが。

 ……今、行ったら、一生おにいさまのお立場が弱くなる気がしますね」
と玄関の方を見ながら真剣な顔で明日実は言う。

 不思議だな、と思っていた。

 あれだけ大好きな顕人のことなのに。

 明日実は何故か、彼女と顕人が一生添い遂げるものとして、未来を見据えて語っている。

 いいのか、顕人を取り返さなくて。

 妹でもいいと言ってくれてるんだぞ?

 明日実は冷蔵庫から卵を出しながら、顕人の今後について、熟考しているようだった。

「卵は三人分でいいぞ。
 あの女帰ったからな」

「ああ、そうでしたね。
 パン、焼きすぎちゃいました」

「元から焼きすぎだろ……」

 そんなしょうもない話をしている間も、顕人は黙っていた。


 
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