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ケダモノが膝を抱えています
きっと気のせいです
しおりを挟む「私、モスクワの式場で待ってます。
私と結婚する気になったら、いらっしゃい」
明日実は真冬の残していった言葉の意味を考えながら、朝食を食べていた。
明日実の頭の中では、何故か窓ガラスがひとつもない吹きっさらしの教会の中、ノースリーブのドレスを着て、頭だけもふもふの帽子を被り、ブーツを履いた真冬が寒そうに立っていた。
ロシアの教会ってこんなんだったっけ? と思いながら、
「おにいさま」
と明日実は箸を置く。
「行ってさしあげてください。
真冬さんが凍死してしまいます」
真剣にそう訴えると、
「……お前の頭の中でなにが起こってるんだ」
と横から貴継が言ってくる。
「俺は……」
あまり食べないまま、顕人は俯いていた。
「真冬さん、あんなことを言ってらしたけど、きっとおにいさまのことがお好きなんです。
だって、指輪もしっかりはめてらっしゃいましたし。
ショートカットでしたから」
「ショートカット?」
とさすがに顕人もそこで顔を上げてきた。
「おい、明日実……」
と横から貴継が呆れたように言ってくる。
だが、構わず、明日実は言った。
「おにいさまが結婚されると聞いてから、私はいろいろ考えてみました。
どんな方がおにいさまのお相手なのかなって。
きっと、私とは正反対の方なのだろうと思いました。
ショートカットでちょっと小柄で、目鼻立ちがはっきりしていて。
おにいさまに対しても毅然としている。
真冬さん、想像通りの人です」
「だから、真冬が俺を好きってのは意味がわからないが」
顕人にしては攻撃的に言ってくる。
他人にそういう態度に出ることはあっても、私にはそんなことなかったのに。
そう思ったが、明日実は怯まず、続きを口にした。
「いえ。
要するに、あの方が想像通りの方だったということです。
外見も、おにいさまに対する態度も」
真冬は、明日実が想像していた、顕人に愛し愛されている婚約者の姿そのものだった。
同じ言動を取る真冬が、顕人を愛していないはずがないと思った。
「真冬さん、あんな口のきき方しか出来ない人ですが、きっとおにいさまのことが大好きなんです」
「だったら、俺にどうしろって言うんだ」
突然、しびれを切らしたように、顕人がテーブルを叩いて立ち上がった。
「真冬が俺を好きだったらなんなんだ?
俺にもあいつを好きになれって言うのかっ。
そんなこと信じられないし、関係ない。
あいつはずっと世間的にちょうどいいから、俺と結婚するって言ってたんだぞ。
だったら、俺が誰を好きでもいいだろうに。
なんで、俺の気持ちにまでケチをつけてくるんだっ!」
明日実、お前もだ、と怒鳴られた。
「俺が誰を思ってようと、俺の自由だっ。
俺が……ずっと明日実を好きで、明日実のことを忘れられないとしても、それも俺の自由なはずだ」
「ま、そこんとこはそうなんだが」
と貴継が腕を組み、口を挟んでくる。
「腹の中で思ってるだけならな」
態度に出すな、と貴継は言う。
今度は、そんな貴継を見下ろし、顕人は喧嘩を売り出した。
「なんだ、偉そうに。
だいたい、お前はなんだ?
そもそもどっから湧いてきたっ!」
それは私も訊きたいところだが、今、この状況で言うのは、完全な八つ当たりだな、と思っていた。
「俺はずっと明日実を見てたんだ。
なんで途中から現れた、お前みたいなわけのわからない奴が明日実を持っていくっ!
明日実、一体、こいつの何処がいいっ?」
と貴継を指差し、顕人は訊いてくる。
ええっ?
何処がいいとか言われましても、と思っていると、
「ありすぎて答えられないようだぞ」
と貴継が勝手に答えてしまう。
「いえいえ。
そんなことはないんですが」
と言うと、貴継が、なにっ? と見る。
「えーと。
そうですね。
いいとこと言うか。
まあ、つい、気になってしまうところならありますね。
……頼りないところとか」
と言うと、今度は、貴継が、はあっ? と立ち上がってきた。
「俺の何処が頼りないっ」
「ああ、いえ。
普段はもちろん、なんでも出来るし、上司としても、同居人としても、申し分ないかな、と思うんですが。
時折、考えなしに暴走されるというか。
専務になられるというお話もそうですが。
浮足立っておられるところもあるようなので、見ていて、ちょっと不安というか。
目が離せないというか」
ものすごい殺気を真横から感じながらも明日実は言った。
「貴継さんが他の方に悪く見られるのではないかと思うとちょっと心配で。
そういう頼りなさが気になると言えば、気になるような……」
「明日実っ」
怒って手首をつかんできたのは、貴継だと思っていた。
だが、そうではなかった。
つかんでいたのは顕人だった。
身を乗り出し、テーブル越しにキスしてくる。
「待て、こらーっ」
と貴継が顕人を押しのける。
「お前っ。
俺だって、明日実の気持ちを考えて、そう何回もしてないんだぞっ」
と、そうでしたっけ? と思うようなことを叫び出す。
「兄だからって、やっていいことと悪いことがあるだろうがっ!」
「兄なら、余計ダメだと思いますが……」
と言いながらも、顕人の胸倉をつかもうとする貴継を押さえる。
「おにいさまっ、お逃げくださいっ」
「そうだ。
出て行けっ。
今すぐ俺の目の前から消え失せろっ。
うっかりお前を殺して、明日実と楽しい新婚生活を送る前に、俺が刑務所に入ったりしないようにっ」
ひい。
こうして、殺人事件って起こるのですね。
いわゆる、痴情のもつれというやつでしょうか、と思いながら、貴継が殴りかからないよう抱きとめる。
「おにいさまっ、お早くっ。
遅刻しますっ」
いや、問題は、そこじゃねえだろ、という顔で貴継が見る。
「貴継さん、無遅刻無欠勤の貴方もですっ。
専務になるんでしょうっ?」
だが、貴継は、ちょっと迷うな、と呟いている。
「殺したくはないが、一発は殴りたい。
とどまってもらうべきか。
去ってもらうべきか」
貴継が苦悩している間に逃げるべきだと思うのだが、顕人は立ち止まり、明日実を見ていた。
殴られるか、殺られるかの二択の前に居るのも気にならないかのように。
「おにいさま、お願いですっ。
お早くっ」
顕人は迷ったようだが、明日実を振り返りながらも出て行った。
「……逃げたか」
ドアの閉まる音がしたあとで、こちらを向き直り、貴継は言う。
「どうだ。
嬉しかったか。
憧れのおにいさまにキスされて」
そう冷ややかに言ってくるのだが。
「いや……それがなんだかよくわからなくて」
と明日実は素直な気持ちを口にする。
「どっちかって言うと……、
まあ……いや、だったかなあ、と思います」
意外なことだが。
貴継はすぐに勝ち誇ったように言ってくる。
「そうか。
やっぱり、俺の方がよかったかっ」
いや、よかったとか、悪かったとか、そういうあれではないんですが、と思いながら言った。
「なんていうか。
おにいさまとのキスは、家族間でキスしているような、妙な気持ちでした」
「そりゃあ、兄貴だからな」
近親相姦だろ、と言われるが。
「そういう血のあれではなくて。
なんていうんでしょう。
例えて言うのなら、鏡花さんとキスしたような。
すごく慣れ親しんだ身内としてしまった薄気味悪さというか」
「まあ、お前にとっては、やっぱり顕人は家族だったんだろ。
血がつながっていても、いなくても。
嫌だが、キスさせてみてよかったな」
と言い出す。
「やはり、おにいさまは私にとって、ただの安心できる身内だったのでしょうか。
ではきっと、おにいさまも私とキスしてみて、わかられたことでしょうね」
いや、と貴継は言う。
「わからなかったと思うぞ、あれ。
っていうか、あいつの愛情は、最初から、よこしまな愛情のような気がするぞ」
明日実、と呼ばれ、はい、なんですか? と見上げると、
「遅刻するから――」
と言うので、
「そうですね。
じゃあ、支度を」
と言うと、
「そうじゃなくて。
早く来い」
と手招きをする。
「は?」
「顕人に汚されたから、ちゃんと汚し直しておかないとな」
なんなんですか、それは、と思っている間に、抱き寄せられる。
なんとなく、抵抗しづらく、貴継の口づけを受けながら、そういえば、嫌ではないな、と思っていた。
嫌ではない……。
ちょっと、ドキドキする、かもしれない……。
いや――。
いや、きっと気のせいだ、と思いながら、結局、遅刻ギリギリまで家に居た。
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