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ケダモノを148円で買いました
……やっぱりケダモノじゃないですか
しおりを挟む「……やっぱりケダモノじゃないですか」
と言った明日実に、貴継は、
「そうだ。
お前の意志で買ったんだ」
明日実、と握った手を持ち上げ、その甲にキスしてくる。
今、寝ていいと言ったくせに、
「今日はもう逃がさないぞ」
と唇に触れてこようとする。
「そっ、その前に聞かせてくださいっ。
今日、なにがあったんですか?」
と明日実は彼を手で押しとどめた。
「親父に専務の居る病院に連れていかれて、説得された。
……珍しくスーツで来たよ、あのオッサン」
昔を思い出した、と貴継は言う。
明日実から手を離し、貴継は腰掛けたベッドの上で、立てた片膝を抱えていた。
なにかを思い出すような貴継に明日実は思う。
子どもの貴継が見ていた父の姿は、颯爽としていて格好よかったんだろうな、と。
「……貴方は地位や名誉が欲しかったんじゃないですよね。
ただ、取り戻したかっただけなんですよね。
貴方のご家族を」
クーデター後起こった一家離散が信じられないくらい……。
「大好きだったんですね、ご家族のことが」
この人が欲しかったのは、きっと、あの家じゃない。
イタイノ イタイノ
トンデイケ
失ってしまった家族だ。
明日実は貴継のいつもより丸まった背にすがりつく。
「……いや、今ではそう思ってはいない。
ただの意地だ」
「貴継さん」
「強がりでもない」
と貴継は彼の肩に触れている明日実の手におのれの手を重ねてきた。
「俺の未来を思ったとき、いつからかあの家は見えなくなっていた。
お前との生活を思い浮かべたとき、あの家は浮かばないなと気づいたんだ。
いつの間にか、俺の家族はもうあいつらじゃなくなっていた」
明日実、お前だ、と明日実の手を強く握る。
「そして、将来、お前が産むかもしれないお前の子だ」
明日実はそのままじっとしていた。
貴継さんをぎゅっと抱き締めたいなと思っていた。
でも、なんだか恥ずかしくてできないと思っていると、振り向いた貴継がいつもの顔で笑って言ってくる。
「どうだ。
落ち込んでる俺にきゅんと来たか」
まるで今の姿が演技であったかのように貴継は言うが――。
「……きゅんと来ましたよ」
そう認めると、貴継は驚いたような顔をしていた。
「でも、貴継さんは笑っていてください。
笑ってる貴方が好きなんです。
……ま、貴方の場合、高笑いが多いですけどね」
と言ってやったのだが、貴継は、
「やっと好きって言ったな」
と目を閉じ、笑う。
どきりとしてしまう笑みだった。
たまに見せるやさしげな表情。
だが、貴継は、そのまま明日実の上に乗ってこようとする。
「こ、此処は嫌ですっ」
「いや、もう無理だ。
お前ももう、痛いとか怖いとか言わずに諦めろ」
「痛いのも怖いのも嫌ですよーっ」
「じゃあ、一生、そのままで居るつもりかっ」
と怒られる。
明日実は迷いながらも、
「でも、さっき……どうせ痛くて怖いのなら、貴継さんがいいな、とは思いました」
と赤くなりながらも言う。
あのとき、もし、もう一度、貴継に会えるなら、これだけは伝えなければと思っていたのだ。
オーバーな、と思われるかもしれないが、実際、顕人の変貌具合に、殺されるんじゃないかと思っていたから。
「そうか。
じゃあ、俺が言ってやろうか」
と貴継は明日実の鼻先に人差し指を向け、言った。
「痛いの 痛いのー
飛んでいけっ」
ひゅっと指を左に払われ、つい、そちらを見ると、貴継が笑う。
「お前、あっち向いてホイ、いつも負けてただろ」
そう言ったあとで、貴継は、ゆっくりと口づけてきた。
子供のころ、あっち向いてホイやってた頃には、自分にこんな瞬間が訪れるなんて思ってなかったな、とぼんやり思う。
「なんだか大人になってしまった気がします」
と呟くと、
「いや、まだキスしただけなんだが……」
と言われた。
「でも、貴継さんは全然ケダモノじゃなかったです。
おにいさまに比べたら」
「あいつ、なにをしやがった」
と言う貴継に、
「いえ、そうではなくてですね」
と明日実は言う。
「貴継さんは意外と無理強いなさらなかったなと」
「そりゃ、俺だって怖いからだ。
お前には嫌われたくないからな」
と言いながら、明日実の胸に触れてくる。
「愛してるよ、明日実」
だが、貴継の唇が鎖骨の辺りに触れたとき、明日実は思わず、叫んでいた。
「やっ、やっぱりやめてくださいっ」
「もう無理だと言ったろうっ」
と抵抗しようとする明日実の腕を貴継は押え込む。
明日実を見下ろし言った。
「大丈夫だ。
此処を乗り越えたら、楽になるっ」
登山かなにかのようだ。
「頑張れ」
と貴継は片手を離し、拳を作って言う。
「が、頑張ります(?)」
となんだかわからないまま、誓わされた。
……しかし、ケダモノは所詮、ケダモノだったな、と明日実は思った。
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