ケダモノ、148円ナリ

菱沼あゆ

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ケダモノを148円で買いました

いよいよ、入社式ですっ

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 入社式の朝、明日実は入社式らしくちょっとお硬い感じのスーツに袖を通した。

 クローゼットについている大きな鏡に映して見ていると、ひょいと肩の辺りに貴継の顔が覗く。

「ほう。
 よく似合うじゃないか。

 顔が綺麗だとシンプルな服の方が映えるってほんとだな」
と言ってくる。

「ケ、ケダモノが来ましたっ」
と明日実は貴継から逃げようとしたが、肩を抱かれて、止められる。

「そうか。

 じゃあ、お前はそのケダモノにめちゃくちゃにされた女だな。
 もう人生終わったな」
と言いながら、明日実の頭にキスしてくる。

「もう近寄らないでください~っ」
と明日実は赤くなり、しっし、と貴継を払おうとする。

「貴継さんは、やっぱりケダモノでした~っ」

「あそこまで我慢させたお前が悪いだろう」

 そう、しれっとした顔で言ってきた。

「……私、もうご先祖様に顔向け出来ません」

「待て。
 子孫を残そうとして、なんで顔向け出来なくなる」

 俺の先祖は喜んでいるぞ、と言い出す。

 だが、そこで貴継は、抱いている明日実の肩をぽん、と叩き、鏡の中の明日実の顔を見ながら、
「入社式だな。
 頑張れよ」
と上司の顔で言ってきた。

「……はいっ」

「ま、お前たちは立ってるだけで、頑張るの俺だけどな……」

「が、頑張ってください」
と言うと、鏡ではない方の明日実の顔を見ながら、大真面目な顔で言ってくる。

「大丈夫だ。
 今日はお前が一番綺麗だぞ。

 俺の愛情がたっぷり入ってるから」

 いやあの、入社式、綺麗とか綺麗じゃないとか関係なくないですかね? と思ったのだが、貴継は機嫌よくキスしてくる。

「あ、あの、私、今日は一人で行かせてください、此処から」
と言うと、貴継にもなんとなく、新入社員の気構えが伝わったようで。

「よし……、行ってこい」
と背中を叩かれた。

「はいっ」
と明日実は元気に返す。



 春先はまだ寒いときもあるのだが、今日は日差しも暖かく、ちょうどいい気温だった。

 気持ちがいいなーと思いながら、明日実はバスを降りる。

 何処の庭木の香りなのか、風に乗って、ふわりといい匂いがした。

 バス停前に居た例の女子高生軍団と目が合ったので、なんとなく、
「おはようございます」
と言うと、彼女らは驚いた顔をする。

「なっ、なんで一人なんですかっ?」
「なんで、バスッ!?」

「はいっ?」

「今日はあの彼氏さんの車じゃないんですかっ?」

「え、えーと。
 今日は私の入社式なので、一人で行くと言ったんです」

「そうなんですか?
 だったらいいんですけどっ」
と言われて、だったらいいんですけどってなんだろう? と思っていると、

「私たちの夢を壊さないでくださいね~っ。
 将来、あんな風になりたいなって思いながらいつも見てるんです」
と言われた。

 ええっ?

「颯爽とスーツ着て、素敵な彼氏に駅まで送ってもらうとか。
 私も、大人になったら、ああいう風になりたいなって」

「えええっ。
 私、全然、颯爽としてませんっ。

 会社でも、たぶん、どんくさいと思われてると思うしっ」
と叫ぶと、

「いや、格好いいですよ。
 会社でどう思われてるかは知らないですけど、ぱっと見は」
とはっきり言われた。

 え、えーと。
 ありがとうございます……?

 彼女たちと一緒にホームに向かいながら話す。

「あんな素敵な彼氏ってどうやったら出来るんですか?」

「一体、どんなところに、ああいう人って居るんですか?
 普段生活してて、見たことないんですけど」
と矢継ぎ早に質問される。

「……え、えーと。
 道に居ました」

「えーっ。
 もしかして、ナンパですかっ?」

 ……その場合、どっちがどっちになんだろうな? と思いながら、楽しく話して、電車は別なので、そこで別れた。

「じゃあ、別れないでくださいよ、絶対に。
 毎朝、楽しみにしてるんですから」
と言われ、そ、そうなのですか。

 では、別れるわけにはいかないですね。

 ……って、特に別れる予定はないのですが、と赤くなる。

「それでは、学校頑張ってくださいね」
と手を振ると、

「ま、部活だけですけどね」
と言われた。

 ん? 今日、月曜だよね?
と思っていると、

「やだなあ。
 今、春休みですよ」
と笑われる。

 ああーっ。
 そうだ、そうだ。

 学校休みじゃないかっ。

 今まで気づかなかったっ。

 さよーならー、と手を振られ、振り返しながら、明日実は、いつの間にか遠くなってたんだな、学生時代、と思っていた。

 楽しげに階段を駆け下りて行く彼女らを見送りながら。

 そういえば、自分たちも、駅で、結婚式に出るらしい素敵なドレスのOLさんたちを、あんな風になりたいなとか思いながら、ぽうっと見てたなーと思い出す。

 よしっ。
 頑張るぞっ、と明日実も階段を下りていった。


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