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ケダモノを148円で買いました
ずっと一緒だ。離さない。
しおりを挟む悔しいが、格好いいぞ。
入社式を取り仕切る貴継を目で追いながら、明日実は思っていた。
貴継が、よく通るいい声で、それぞれの配属を読み上げる。
「秘書室、佐野明日実」
「はいっ」
返事をし、立ち上がった明日実を、ええっ? と美典や栗原たちが見る。
驚かない自分に、いつ決まったの? という顔をしていた。
昼休み。
今日は貴継も社食に来て、新入社員のみんなとご飯を食べた。
「なんか今朝、廊下で、部長が佐野さんに婚姻届を突きつけてたって聞いたんですが」
と栗原が遠慮がちに言ってくる。
「これか?」
と貴継が、胸許から折り畳んだ婚姻届を出してきた。
きゃーっ、と女性陣が黄色い声を上げる。
そこで、貴継が栗原を見、にやりと笑って言った。
「佐野さん、か?
あずみんと呼んでも構わないんだよ、栗原くん」
「え、遠慮しときます……」
「やだもう、明日実なにも言わないから~っ」
と苦笑いする栗原の横で、美典たちが騒いでいる。
「ねえ、会社入る前から付き合ってたの?
なんでそういうことになったの?」
と問われていると、貴継が横から、
「こいつが、道端に居た俺を148円で買ったんだ」
と言ってきた。
やだーっ、なんですか、それーっ、と美典たちが笑う。
「ちっ、違いますっ。
私が買ったのは、ケダモノですっ」
いや、クダモノだろ、という目で貴継は見たが、栗原が、
「え、ゲテモノ?」
と言ってきた。
「……ゲテモノだとなんか違う話になりますね」
「佐野さん、ゲテモノ好きなの?」
「それだと、俺がゲテモノになるじゃないか」
と貴継が顔をしかめる。
笑ってしまった。
ケダモノを148円で買いました――。
「ただいまー。
あー、今日は疲れました」
ね、と言い終わらないうちに、ドアを閉めた貴継が抱きついてきた。
「はっ、離してくださいーっ」
と叫ぶと、
「なに抵抗してんだ。
あそこまでしておいて」
と言い出す。
「貴方が勝手にしたんじゃないですかーっ」
「今更逃げる女を初めて見たぞ」
一度も二度も三度も同じだ、と明日実の腰を抱いたまま貴継は言うが、
「他の人と比べないでくださいっ。
過去を語らないでくださいっ。
不愉快ですっ」
と押し退けようとすると、
「お、なんだ。
いっちょまえに妬いてるのか。
可愛いな、明日実は」
と笑いながら、こちらの意志お構いなしに、抱き上げてくる。
お姫様抱っこをされながら、明日実は貴継を押し返そうとする。
「誰かっ。
助けてくださいーっ」
「莫迦、助けを呼ぶな。
顕人が飛んでくるだろうが」
あいつ、絶対、まだ合鍵持ってるぞ、と言い出す。
「鉈とか持って、その辺の陰に潜んでそうだ」
と言われ、笑えないこと言わないでください……と呟いた。
そのまま運ばれていきそうになって、抵抗していると、
「顕人も俺もお前の中では変わらないのか。
どっちも自分を襲う人、だと思ってるだろ」
と呆れて言われる。
「おにいさまと貴方は全然違いますよっ。
おにいさまのときは、舌噛み切って死んでやるって思いましたし、そのっ。
……おにいさまと貴継さんは全然別です」
と言う声が段々小さくなった。
これでは、貴継に向かって告白しているようなものだと気づいたからだ。
まるで貴方なら襲ってもいいですよ、と言っているように聞こえなくもない。
貴継は廊下で歩みを止め、聞いている。
明日実は俯き、言った。
「おっ、おにいさまのときは、格好いいなー、とか頼りになるなー、とか思って、全面的に信頼してたんですけど。
貴方のことは平気で阿呆だなーと思いますし」
「おい」
照れながら、なに言ってんだ、と言われる。
「でも、そういう人の方が、結婚するのにいい人なのかな、とは思います」
「……お前、阿呆だから結婚してあげますと言われて、喜ぶと思うのか」
「ほ、褒めてるんですけどっ。
あっ、じゃあ、離してくれますか?」
と貴継の腕の中で、じたばたしながら言うと、
「離すわけないだろう」
と睨んでくる。
「ずっと一緒だ。
離さない。
お前が太って、今以上に抱えにくくなっても、婆さんになっても」
いや、それ暗に、今、既に結構重いって言ってませんか?
「……貴方はならないんですか。
太ったり、お爺さんになったり」
「ならない」
てめー、と思っていると、
「俺の心には今の最高に綺麗なお前がずっと居るから大丈夫だって意味だ」
と言う。
「それ、喜んでいいんですか?」
「俺にはずっとそう見えるってことだよ」
と言い、頬にキスしてくる。
「よし、やっと俺のベッドが使えるな」
と言ってくるので、
「えっ。
でも、その、昨日はあれでしたけど。
まだ結婚とかしてないですしっ」
と言うと、
「よし、今から結婚しようっ」
と言ってくる。
は?
婚姻届でも出しに行くのでしょうか、と思っていると、
「実は、坊主の資格を持ってるんだ」
と言い出した。
「……今、なんの関係があるんですか」
「一時期、世を捨てたくなって、修行に出てたから。
今から、仏前結婚式を挙げてやろう」
と明日実を抱いて廊下を歩きながら、ブツブツ言い始める。
「おっ、お経っ、唱えないでくださいっ」
怖いですっ、と明日実は悲鳴を上げる。
「そうだ。
私、クリスチャンですしっ」
「嘘つけ。
お前が祈りを捧げてるとこ、見たことないぞ」
と言いながら、貴継はドアを開ける。
ひーっ。
もう、すぐそこだっ。
ベッドがキングサイズなので、部屋いっぱいにある。
「そうだ。
神主の資格もあるぞ」
とベッドに明日実を降ろしながら、今度は祝詞をあげ始めた。
「もうっ。
貴方の話、どれが本当なんですかっ」
とベッドに乗ってくる貴継の腕をつかみながら言うと、
「俺はなんでもできるって話だ」
と言いながら、キスしてくる。
少し離れた貴継が間近に見つめ、言ってきた。
「ああ、そうだ。
あれもあったな」
と明日実の薬指のイルカに触れ、言ってくる。
「病めるときも、健やかなるときも……
愛してるよ、明日実」
そう言い、今度は長く口づけてきた。
ケダモノを買いました。
148円で買いました。
「俺はケダモノで、お前はケダモノを148円で買った女だ。
それでいいじゃないか。
……148円払えよ」
「……なんでですか」
つまらない寝物語を始める貴継に、明日実は顔をしかめた。
「そうだ。
今日、あの高校生の女の子たちと話しましたよ」
貴継の頭を胸に抱きながら、明日実は笑う。
「私と貴継さんみたいな関係が、将来の理想だそうです。
……どうかと思いますが、でも、子どもたちが明るい未来を思い描けるような大人になりたいなーとは思いました」
そうか、と顔を上げた貴継が笑って言った。
「じゃあ、まず、俺たちが幸せな未来を描かないとな」
と言いながら、明日実の側に横になり、腕枕をしてくれる。
「これ、しびれませんか?
長くやってると」
「しびれるな……。
だが、男はそういうの、顔には出さないものだ」
「じゃあ、私がペシペシしてあげますね。
その方が早く治るって言いますよ」
とその自分のものとは全然違う筋肉質な腕をつかんで言うと、
「鬼か」
と貴継が顔をしかめ、明日実は笑った。
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