後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ

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封印されし宮殿

囚人のヒミツ

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「洋蘭。
 洋蘭や。

 また本をとってきてくれないか」

 洋蘭が廊下に置いてある長椅子に腰掛け、本を読んでいると、牢の中から師匠がそう声をかけてくる。

 洋蘭は顔も上げずに言った。

「今、いいところなんで」

 侍女のその返答に、師匠は呆れたように言う。

「お前、私の世話をするから、ここに置いてくれと言ったのではなかったか?」

 わかりましたよ~、と洋蘭は本を閉じ、立ち上がったが。

 単に本を捲ってみたら、ちょうど区切りが良いところまで来ていたと気がついたからだった。

 相変わらず、古臭い匂いのする本に埋もれている師匠を見て、洋蘭は笑う。

「そういえば、先程、桜妃様のところの若い侍女に会いましたよ。

 他の侍女たちに対して、横柄だという噂なのに、私を見たら、悲鳴を上げて逃げたんですよ。

 どうしたのかと、とっ捕まえて問うたら、私もお師匠様も幽霊に違いないと言うのです。

 お師匠様がこの牢に入った年から計算すると、お師匠様は今、三百年くらい生きていないとおかしいらしいです。

 つつましい食事をされ、軽い運動を欠かされないから長生きなんじゃないですかね、と言っておきました」

「そんなもので、何百年も生きられるはずがなかろう」
と言う師匠に洋蘭は訊いてみた。

「お師匠様は、ほんとうに三百年近く生きてらっしゃるんですか?」

 そうだと言われても違和感がない。

 この朽ち果てた宮殿には、三百年生きた囚人が住んでいても不思議ではない雰囲気が漂っているからだ。

「人はそこまでは生きられない。

 私が何故、三百年も生きていると言われるのか。

 実に単純なことだよ。
 お前ならすぐにわかることだろう」

 師匠はそう語る。

「あっ、でも、そういえば、陛下もお師匠様の姿を見ていないので。
 ほんとうに存在してるのかとおっしゃってらっしゃいましたね」

「ほんとうに生きていない者のために、長年、食事を用意して、運ばせたりしないだろうよ」

「そうですか?
 他の国では、ずいぶん昔に生きたまま仏になったと信じられている僧に千年以上、食事を運びつづけたりしているらしいですよ」

「私は僧ではないし、死んでも食事を運んでもらえるほど、立派な人物でもない。
 ……生きているのに、たまに忘れられて、食事が遅くなったりするしな」

 そう嫌味を言われ、洋蘭は、
「いや~、私もたまに忙しいんですよ~」
と言い訳にならない言い訳をして、誤魔化そうとした。

「でも、そういえば、お師匠様、たまに牢からいなくなってらっしゃいますよね。
 霊が消えるみたいに」

「それは、単に、この牢に抜け穴があるからじゃ」

「それは、牢の意味があるのですか……?
 そして、抜け穴があるのに、何故、ずっとここにいらっしゃるのですか?」
と洋蘭は訊いたが、その答えはわかっていた。

 単にここにいるのが、快適だからだろう。

 食事も運ばれてくるし、本もある。

 そう思ったとき、
「洋蘭様、洋蘭様。
 こちらにいらっしゃいますか?」
と李常の声がした。

「ほら、また、ぞろぞろお付きのものを引き連れて、苑楊が来たのだろう。
 本をとりに出るついでに相手でもしてこい」

 そう言って、師匠は積んである本の隙間につるりと潜っていってしまった。


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