後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ

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後宮に巣くうモノ

その牛と羊を止めなさい

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 数日後、洋蘭は皇太后のもとに出来上がった刺繍を届けた。

「まあ、素晴らしいわね。
 あなたが考えたの? この図案」

「いえ、緑妃様が」

「縫ったのは、あなた?」

「いえ、いろんな方が」

 あっ、私が縫ったところもありますよ、と言い訳のように言ったが、裏に返してみた皇太后は、あっ、と声を上げる。

「あなた、苑楊にも縫わせたわねっ」

「な、何故わかるのですか?」

「この縫い方と玉どめのやり方っ、私が教えたものよっ」

 皇帝陛下に縫い物をさせるとは何事ですかっ、と怒られる。

「洋蘭っ。
 罰として、今宵、苑楊の夜伽をなさい」

「嫌ですよ~っ」
と叫んでみたが、皇太后は顔を近づけ、威圧してくる。

「……あなた、断れる立場なの?」

 低い声で言ってくる皇太后に、ひい、と怯えながらも洋蘭は訴えた。

「だっ、だいたい、こっちから陛下に夜伽に来てくださいとかおかしいでしょう?
 っていうか、無礼ではないですかっ」

「なに言ってるのよ。
 陛下をお誘いするのは女性の務め。

 早くに世継ぎを作り、国を安泰とすることが大事なのですっ。

 苑楊があなたを好きなら、あなたが一番可能性がありますっ」

 なんの可能性?
と思う洋蘭の目の前で、皇太后は横に置いていた縫いかけの布をバンッと叩く。

 ずいぶん完成形が見えてきたが、これは産着ではなかろうか……。

「昔は後宮にひしめく女たちの中から夜伽の相手を決めるために、羊車や牛車が止まったところの女性を選んだりしていたから。

 彼女たちは、なんとかして、その羊や牛を止めようと、彼らの好物である塩を自分の住まいの入り口に盛ったりしていたのよ」

 あなたも、なにか頑張りなさいっ、と叱咤激励される。

「あの、たぶん、打ち捨てられし宮殿までその羊来ません」

「あなた、牢の側で寝泊まりまでしているの?」

「いえいえ、まさか。

 でもあの、

 ……結構、陛下がいらっしゃるので、夜。

 訪ねてこられたとき、いないと、寂しがられるかなと思って。

 ある程度の時間までは、お師匠様のお話相手になりながら、陛下を待っているのです」

 あらあら、と皇太后は、なにを邪推したのか、目を細めたが。

 いやいや、ほんとうに違いますよ、と洋蘭は思う。

 人を訪ねていって、その相手がいないと、しょんぼりしてしまうではないですか。

 陛下にそのような思いをして欲しくないからですよ。

 いや、もう、ほんとに……と思っていたが。

 皇太后は自分とは対照的に機嫌が良く。

 嫌な予感がして、ビクつく。

 案の定、
「苑楊とあなたの子ならば、さぞかし美しいでしょうね。
 その子が皇帝となれば、あまたの女たちが群がり、次の世継ぎが産まれるのも容易となるでしょう。

 皇女であったとしても。
 その美しい皇女をいろんな有力な一族が欲しがり。

 婚姻を結んだものとのつながりが強まることでしょう」
と言い出す。

 いや、ちょっと陛下を待っていると言っただけなんですよ。

 何故、もう子どもが産まれる設定なのですか、と思う洋蘭の前で、皇太后はしみじみと語る。

「あなたと初めて会ったとき、いろんな意味で面倒臭そうな子だなと思ったものだけど」

 ……そんなこと思ってたんですか。

「あなたはいろんな新しい楽しみと知識と、美しい孫を私に与えてくれるのね。
 まさに、幸運の女神だわ」

 もう完全に妄想の中で孫が産まれてるっ、と怯える洋蘭の前で、皇太后は少し話を変えて言った。

「でも、あなたが夜もお話し相手になっているのなら、あの方もお喜びでしょうね。
 博識な娘がお好きだからね」

「お師匠様ですか?
 いえ、私の方がお話を伺うことが多く。

 とても楽しいです」

「そうね、あの方は、話が飛びすぎるので、いまいち、ついていけないことがあるけど。
 本で読んだことを実際に体験したかのように生き生きと語ってくださるので楽しいわね」

「そういえば、皇太后様は昔は、お師匠様とよく話されていたそうですね」

「私は美しいものが好きなの。
 あの方のお顔を眺めながらなら、あのような興味深い話でなくとも、愉快に聞こえてくるでしょうね」

「……あの、今はその面影、ないみたいなんですけど」

「まあ、もともと、そうお若くはなかったからね。
 でも、めっきりお老けになられたのは、太皇太后様の宴に顔を出されたあとからね」

 また、太皇太后様か~。

 この城で一番問題なのは、やはり、あの方のようだな、と洋蘭は思う。

「ほんの一言、二言お話されただけだったように見えたけど」

「一言で、紅顔の美青年風だったお師匠様が一気に老け込まれたのですか?
 どんな破壊力なんですか、太皇太后様……」
と洋蘭は、輿の上で、ニコリともしない太皇太后の顔を思い浮かべながら、呟いた。

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