後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ

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後宮に巣くうモノ

洋蘭の告白

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「なんじゃ、私の昔の顔を見たいのか」

 皇太后と話した内容を洋蘭が師匠に伝えると、師匠は笑ってそう言う。

「私の肖像画があるところがあるぞ。
 皇族の人間の肖像画がかけてあるところで――」

「見てみたいですっ」
と言ったのは洋蘭ではなかった。

 ときどき遊びに来る梅花がいつの間にか来ていたようだ。

「何処にあるんですか? その肖像画っ」
と梅花の方が身を乗り出す。

「先帝が休憩するのに作った離宮の東側にある書庫になのだが」

「行こっ、洋蘭っ」

「あそこには貴重な書物もあるので、私でさえ迂闊に入れないから。
 苑楊に言ってから入らないと、大変なことになるぞ」
と言う師匠の台詞を梅花に腕をつかまれ、引きずって行かれた洋蘭は聞いてはいなかった。



 皇后のお茶の準備を終え、少し休憩するか、と思った林杏は届け物に行くフリをして、散歩していた。

 いい気候なので、花々も咲き乱れ、城の何処を歩いていても美しい。

 こんないい陽気の日は――

 洋蘭がなにかやらかしてそうだな……と思ったまさにその瞬間、林杏は見た。

 あまり面識のない侍衛、桂徹けいてつに洋蘭と梅花が引きずり出されているところを。

 梅花がなにか叫んでいる。

「だって、ここの肖像画を見てみろって言われたんです~っ」

「誰にだっ」

「……えーと。
 牢に捕まってる老人の人?」

「誰なんだ、それはっ」

「わかりませんけど~っ」

 気難しい桂徹は梅花が可愛らしくそんなことを言っても、追求の手を緩めたりはしなかった。

「そもそも、囚人に言われたからって来るの、おかしいだろうっ」
と桂徹がごもっともなことを叫びながら、梅花の腕を後ろで捻る。

 いたたたた、と声を上げた梅花を見て、林杏は止めに入ろうとしたが、洋蘭が先に動いた。

 洋蘭は桂徹につかまれていた手をするりと外し、梅花の腕を捻り上げている桂徹の手を止めようとする。

 桂徹が驚き、目を見開いた。

「貴様っ、逆らうかっ」
と桂徹が梅花から手を離し、洋蘭を叩こうとしたので、林杏は慌ててその間に駆け込んだ。

 ぱあん、と林杏の頬がはたかれる。

「林杏っ。
 だいじょ……っ」

 大丈夫っ? と心配して顔を覗き込もうとした洋蘭の方を林杏は睨んだ。

「洋蘭様っ。
 フラフラフラ出歩かないでくださいっ。

 私がこんな目に遭うのは、あなたのせいですよっ」

 ええ~? という目で梅花が見、今叩いた桂徹までが、

 ええ~?
 そっちを怒鳴る~? という感じに見ていた。

 まあ、桂徹が悪いわけではない。

 彼はここの見張りなのだろうから。
 ただ、職務を果たそうとしているだけだ。

 洋蘭が桂徹に謝る。

「申し訳ございません。
 誰もいらっしゃらなかったもので、入ってはいけないところだと気づかなくて」

 洋蘭のその言葉に桂徹が気まずそうな顔をする。

 代わりの見張りがいないときには、侍衛は決して、その持ち場を離れてはならないからだ。

 おそらく、我慢しきれずに用を足しにでも行っていたのだろうが。

 厳密に言うなら、例え、その場でもらしたとしても、ここを離れてはならない。

 洋蘭がなにか言おうとしたとき、誰かが桂徹の腕をつかんで捻り上げた。

 振り返ると、趙登が無言で桂徹を睨んでいた。

 なんで怒ってんの? この人、と林杏は叩かれた頬に手をやり、思う。

 洋蘭は微笑ましげにこちらを見ていて、梅花が、いいなあ、という顔をしていた。

 そのとき、
「そこまでにしておけ」
という声が背後からした。

 振り返ると、李常たちを従えた苑楊が立っていた。

 いきなりの皇帝の出現に、みなが慌てて膝をつく。

 苑楊はまず、林杏に声をかけてきた。

「大丈夫か?」

「はい」

 その言葉を聞いてから、苑楊は趙登に、
「この娘は大丈夫だそうだ。
 離してやれ」
と言う。

 趙登はまだ桂徹の腕を捻り上げていたのだが。

 皇帝の命令なので、仕方なくといった感じに離した。

 苑楊は桂徹に向かい言う。

「私が許可する。
 この者らを中に入れてやれ」

 はっ、と桂徹は頭を下げ、その場からも下がろうとした。

 洋蘭がそんな彼に謝る。

「申し訳ありません。
 お騒がせしてしまって」

「いえ……」
と桂徹は言いかけたところで、この人をどういう風に扱えばいいのかな、という顔をした。

 皇帝陛下と親しいようだが、何者なのだろう……?
と思っているようだ。

 それを察した苑楊は洋蘭の肩に手を置き、

 ……払われ、

 軽く咳払いして言った。

「この娘は、いずれ私の妃となる娘だ。
 丁重に扱え」

 ええっ?
 やっぱりそうなんですかっ? という顔で梅花が苑楊と洋蘭を見る。

「陛下っ。
 その話はお受けしてないはずですがっ」
と洋蘭は言ったが、

 いや、陛下にそう言われて、断るとかあるのか、という顔を桂徹はしていた。

 苑楊が洋蘭を見下ろし言う。

「お前は私が嫌いのか。
 いや、嫌いではないはずだ。

 さっき、そう皇太后様が言っておられたぞ」

 余計なことを、皇太后様~っという目で洋蘭は苑楊を見ている。

「でも――、駄目なのです」

「何故だ」

「わ、私には……」

 少し迷って洋蘭は言った。

「私にはそのっ、

 親に決められた名ばかりの夫がいるのですっ」

 苑楊はしばらく止まっていた。

「……な、名ばかりならよいではないか」
と苑楊は絞り出すような声で言う。

 あ……これ、よいとは思ってないな。

 かなり動揺しているようだ、と思いながら、林杏は他人事のように、ただ眺めていた。

 なんだかんだでこの二人、息が合っているように見えたからだ。

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