お好み焼き屋さんのおとなりさん

菱沼あゆ

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むしろ、運命だろう

並ぶものなき久里山

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 何故、今、正気に返ったんだ、俺。

 このまま、酔ったノリで行けばよかったのにっ。

 酔ったフリ……

 酔ったフリをしなければっ。

 いや、どうやってっ!?
と高秀は自分で自分の提案に頭を抱える。

「食洗機とトイレ見に来られますかっていうのも変ですよね。
 それじゃあ、またっ」
と砂月は笑顔で階段を上がっていってしまう。

 あっ、と思ったが、遅かった。
 


 なんかいろいろ失敗したな、と思いながら、高秀は、あまり物の入っていない整然とした冷蔵庫を開けた。

 キンキンに冷えたビールを手にすると、何故かソースの匂いが漂う中、満面の笑みで――

 この世にこれ以上の幸せはないっ、とでも言いたげな笑みで呑みはじめる砂月の笑顔が思い出された。

 容姿はともかく、中身は女らしさとは程遠い。

 そういうところを見て、宮澤は愛が薄れたりしないのだろうかと期待したが。

 宮澤も、美味しそうに飲み食いする砂月を楽しげに眺めていた。

 チャンスを逃した気がする、と高秀は思う。

 他の物ならともかく、食洗機だ。

「この間見そびれた食洗機を見せてくれ」

 ……いや、おかしいだろう。

 久里山め。

 絶世の、並ぶものなき久里山め。

 何故、そんなことで俺を誘った?

 もっと違うもので誘ってくれればよかったのに。

 花が咲きそうなので、見にきませんか?
とか。

 だったら、花が枯れたら困るから、今すぐ、見に行ってもいいかと言えたのに。

 高秀は反省しながら、カーテンを開け、外でも眺めようとした。

 だが、いきなり、真正面に砂月の顔があった。

 缶ビールを手に、うちのベランダの木々を眺めながら呑んでいる。

 砂月は、こちらに気づき、
「あっ、すみませんっ。
 また勝手に鑑賞しちゃってましたっ」
と言って笑う。

「いや、別にいいが。
 ……そんなに気に入ってるのなら、今度、ここに来て飲め」

 よし、言えたぞっ。

「ありがとうございますっ」
と砂月はすぐにそう言ってきた。

 だが、酔っていたようなので、きっと覚えていないだろうなと思う。

 でも、短い時間だが、二人で呑めて、ちょっと楽しかった。

 この立地に、お好み焼き屋が近いこと以外ではじめて感謝した。
 


『そんなに気に入ってるのなら、今度、ここに来て飲め』

 そう言いはしたが、酔っているときのことなんて、覚えてないだろう。

 そう思いながら、高秀は仕事をし、迎えた昼休み。

 弁当を食べたあとの砂月がなにやら、ちょきちょきしているのに気がついた。

 見ると、いつ撮ったのか白衣を着た大量の自分が、『頑張れよ』と言っている。

 ――俺のシールができているっ。

 そして、よく見たら、にゃん太郎のもできているっ。

 俺たちの肖像権っ!

「おい、弁護士の卵っ」

「は?」
とちょきちょき用紙からシールを切り取りながら、砂月がこちらを見た。



「いやー、だって、嘉子先生がいいじゃん、作っちゃおうよ。
 いい写真があるのよって言うから~」

 笑いながら、砂月はそんなことを言う。

「……いつの間に連絡先交換してたんだ」

 まあまあ、とインスタントのカフェオレを入れてくれながら、酒井が言う。

「私も、何枚かもらっていい? 砂月ちゃん」

「どうぞー」

 俺の許可は……。

 酒井は高秀のを二枚、にゃん太郎のを三枚もらっていた。

 にゃん太郎の方が多いな……。

「先生、私にも何枚かくださいね」

「お前が作ったんだろうが、好きに使え。
 ああ、費用は経費で落としていいから」

「え、いいですよー。
 今回のは家にあった用紙で作ったんで」

「いや、いいから、落としとけ」

 こいつがいるのは、全部、にゃん太郎かな、と思っていたが。

 砂月は高秀とにゃん太郎と三枚ずつ取っていた。

「うちのお母さんに見せようっとイケメン好きだから」

 親御さんにっ?

「もっといい写真にしろっ」
と高秀は思わず立ち上がる。

「いい写真じゃないですかー。
 嘉子先生、イチオシの写真ですよー」

「ほんとう、よく撮れてるわ~」
と砂月と酒井が言う。

「なんかいい先生っぽいし」
と砂月は言うが、

「お前が入れた『頑張れよ』の文字のせいだろ」
と高秀は言った。

「そういえば、お前、司法試験に通ってるって言ってたな」

 ええっ? と酒井が驚く。

「砂月ちゃん、こんなところでなにしてるのっ?」

「いや、なにしてるのってなんですか」
と砂月は苦笑いしている。

「そういえば、司法修習を受けてないとか言ってたか」

「そうなんですよ。
 実は……」
と砂月が語りかけたとき、

「すみませーん」
と受付の方から声がした。

「はーい」
と砂月は立ち上がり、行ってしまう。

 

 受付に来たのは患者だった。

 話に熱中していたので、午後の受付時間が近づいていたことに気づかなかったのだ。

 それで、その話はそのままになった。

 仕事が終わったあと、ずっと気になっていた高秀は訊いてみる。

「さっきの話だが、何故、お前は司法修習を受けなかったんだ?」

「実は友人に……」

「砂月ちゃーん、砂月ちゃん、まだいるー?」

 常連のおばあさんの声がした。

 はーい、と砂月は行ってしまい、なかなか戻ってこなかった。

 そのうち、こちらも電話がかかってきて、そのままになってしまう。

「焼き芋いただきました。
 みなさんで食べてくださいって」

「そうか。
 ところで、何故、お前は司法修習を受けなかったんだ?」

「そうなんですよ。
 実は友人にどうしてもと……」

「砂月ちゃん、回覧ー」
とまた外から声がする。

「もう俺が行くっ」
と高秀は自ら回覧をとりに出て行った。

 いや、自分が出ていっても、砂月が出ていっても、話がそこまでになってしまうのは変わらないのだが。

 

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