お好み焼き屋さんのおとなりさん

菱沼あゆ

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むしろ、運命だろう

こういう青春、なかったな

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「いやいや、それがその頃ちょうど友人の会社が行き詰まってて。
 お前、ちょっと来てくれないか、と切羽詰まった感じに言われてしまって。

 まあ、司法修習すぐに受けなくてもいいんで。
 落ち着いて時間ができてから受けよう、とそのときは思ったんですけどね」

 回覧を持って帰ると、ようやく砂月がそう説明してくれた。

「気象予報士もですが。
 資格って、どれも、とって終わりじゃないですもんね。

 修行の旅に出ないと使い物にならないというか」

 まあ、医師もそんな感じなのでわかるな、と高秀は思った。

「結局はひとつのことに集中しなければ仕事としては使えないとわかっているのに。
 なんで、お前は資格にこだわって、いろいろと取得してるんだ?」

「そりゃまあ、いついかなるときでも食いっぱぐれがないように、ですかね?

 いつ、どんなジャンルの仕事が人手が足らなくなったり、余ったりするか予測つかないですからね。

 ……でも」

「でも?」

「でも実は今までの就職で、資格が必要だったもの、ひとつもないんですけどっ」

「まあ、世の中、そんなものかな……」

「あ、でも、今回は役に立ちましたね」
と砂月は笑う。

「気象予報士の資格」

「……医療事務だろ」
と高秀は言ったが、砂月はまた、ママさんたちに呼ばれていた。

「砂月ちゃん、週末、地区の運動会なんだけどー」
「薄曇りです~」

「よかったー。
 あんまり暑いと大変だからー」

 まあ、役に立っているようだな、気象予報士……と思いながら、高秀は、

「むらやまみどりちゃん」
と次の患者を呼んで、診察室に入った。
 


「砂月ちゃん、さっき、村山さんからいただいたお菓子、食べましょうよ」

 夕方、待合室の掃除をしていると、酒井がそう言ってきた。

 はい、と言って、丁寧に手を洗い、いつもお弁当を食べている部屋に行く。

「あ、お茶淹れますね~」

 砂月がお茶の支度をしていると、やってきた高秀が言う。

「そういえば、お前は結構アライグマのように手を洗ってるな」

 病院だからか、と言われたが。

「いえいえ。
 わりと、何処でも。

 いちいち、お金を触ったあと洗わなくても、とか実家では言われたりするんですけど」

「お金触っても、私は調理前以外は洗わないかな」
と酒井がお土産の酒蒸し饅頭を配ってくれながら言う。

「まあ、お金は汚れていることも多いが」

「そうですねー。
 仕事でお賽銭数えてたときも、手が真っ黒になってましたよ」
と言って、

 またお前はなんの仕事をしてたんだ。
 賽銭ドロか、という顔をされるが。

 ドロではない。

「なんかお金の過去も気になりますしね」

「なんだ。
 お金の過去って」

「このお金、今までどんな人の手を渡ってきたのかなあとか」

「まあ、あんまり清潔じゃない人が前に持ってたりするとちょっと嫌かしらね」
と酒井は言ったが。

「と言いますか。
 なんかすごい状況にあったお金かもしれないじゃないですか。

『アニキー!』
『ぎゃーっ!』とか」

「俺の頭の中で、今、チンピラが倉庫街とかで撃ち殺されてるんだが、合ってるか」

「合ってます」

「壮絶すぎだろ、お札の過去」



 次の日、レジにお金をしまっていると、高秀に、
「……あれから札を見るたびに、何処かのチンピラのジーパンの後ろポケットに入ってたんじゃと思ってしまうじゃないか」
と言われた。

「先生、想像力豊かですね」

「いや、お前のせいだろ……」
 


「お疲れ様でしたー」
「お疲れ様ー」
「お疲れ様です」

 戸締りをして、三人は病院を出る。

 酒井は水色の小さく可愛い車で、手を振り去っていった。

「お腹空きましたねー」
と言う砂月と歩いて帰る。

 同じ方向なので、なんとなく一緒に帰ることも多いのだが。

 そういえば、高校時代。
 男女で帰っているのを見ると、あれはカップルだろう、と悪友たちがよく話していた。

 いや、男女で帰っているからといって、必ずしも付き合っていたわけでもないのだろうが。

 なんだか初々しい感じのカップルもいて。

 俺には縁のない世界だと思いながら眺めていた。

 その手の青春は俺にはなかったな。
 興味もなかったし。

 女子と話すのなんて、なにを話していいのかわからないと思ってたし。

 でも、こいつとだと、話題に困らないんだよな。

 青春時代から現実に帰り、高秀は、一応、大人の女性である砂月の横顔を見る。

「料理って、なんでも一手間かけたら、美味しくなるというではないですか。
 カフェオレとかも結構、面倒くさいですよね~」

 カフェオレ、料理なのか……?

「珈琲このまま飲んじゃおうかな。
 面倒くさいな。

 ミルクあっためるとか、もう無理――
 というところを立ち上がってですね」

「待て。
 そんなに面倒くさいか? カフェオレ」

 高秀は、そう言いながら、

 男女で帰っている人たちは、どんな話をしてるんだろうと思っていたけど。

 こんな感じの話をしていたのかと、しみじみ思う。

 当時の悪友たちが聞いていたら、

「いや、絶対違う……」
と言ってきそうだったが、高秀はそう思っていた。



 砂月は、高秀とカフェオレの話をしながら夕暮れの道を帰っていた。

 話がこたつが生存を教えてくれた話まで行ったとき、前から、高校生らしき男女が歩いてきた。

 男の子の方はわざわざ自転車を押して歩いている。

 二人とも楽しげだった。

 こういう青春、私にはなかったな。

 男の子たちも一緒に帰ってたけど、集団だったもんな。

 チラ、と砂月は高秀を見た。

 こんな目も眩むようなイケメン様と帰ったりしたら、緊張でしゃべれなくなりそうだとか思ってたけど。

 海崎先生だと緊張しないな。

 そう思いながら、
「それで、こたつがついたままだってわかったんですよ~」
と砂月は笑って言った。
 


「なんであんたは、イケメンと帰ってるときに、カフェオレ淹れるのも面倒くさい話と、こたつがカチカチ言ってて、ついてるってわかったとかいうしょうもない話をするのよっ」

 砂月は夜、友だちに高秀と帰ったときの話をして、怒られた。

「でも、他の話もしたよ」

「なにをよ」

「ラジオ体操でジャンプするところ、飛びながら、いつも一周回ってしまうんですけど。

 何処か身体のバランスが悪いんですかね? って。

 海崎先生、お医者様だから。
 この話題はセーフじゃないかと思うんだけど」

「アウトだよ。
 ってか、なんで回るのよ」

「え?
 回らない?」

「ねえ、あんた、その先生に気があるんでしょ?」

「えっ?」

「最近、先生の話ばっかりしてるよ」

「だって、家隣で、職場も同じだから」

「すごいイケメンなのよね?
 見てみたいわ。

 あっ、そうだ。

 そろそろさきの予防接種だったわ。
 そこの小児科に行こうかな」

「かかりつけのとこに行きなよ。
 なんで来なかったのかって言われるよ」
と砂月は苦笑いする。

 友人は、今度写真でも見せてよ、と言って、じゃあね、と切ってしまう。

 写真ねえ。

「あっ、シールがあったっ」

 年賀状に貼って送るか、と

「届くの、いつよっ!」
とキレられそうなことを思う。

 高秀のシールを出して眺めた。

 私が海崎先生を好きだとか。

「いや、そんな恐れ多い……」
と呟いて、シールを引き出しにしまった。



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