お好み焼き屋さんのおとなりさん

菱沼あゆ

文字の大きさ
16 / 28
むしろ、運命だろう

おまけをつけてもらおうか

しおりを挟む


「迷う。
 迷いますよね。

 なににしようかな~。
 あ、いきなり誘ってしまってすみません」

 近くの美味しい焼肉のチェーン店で砂月はそう言った。

「いや、俺もあの匂いを嗅いで、肉が食べたくなってたところだから」

 砂月が、じっと高秀を見つめると、高秀は、なんだなんだっ? というようにビクついていた。

「いや~、あのアパートにしてよかったなってしみじみ思って」

「いつでもお好み焼き屋に行けるからだろ?」

「この前まではそうだったんですけど。
 今は、海崎先生が向かいにいらっしゃるから……」

「えっ」

「仕事の世話までしていただいて」

「……いや、お前のスペックなら、別に俺が世話するまでもなかったんじゃないかと最近思いはじめたとこなんだが」

「こうして、焼肉食べたいな~と思ってお誘いしたら、すぐに一緒に食べに行けるっていうのもいいし」

「なんか俺、都合のいい男みたいじゃないか?」

 ああいや、私が誘ったので、私がおごりますよ、と砂月は笑って言ったが。

「莫迦を言うな。
 俺がおごる」
と高秀は言い出す。

「いやいや、そんなことされたら、気軽に誘えなくなりますから」

「俺がおごっても気軽に誘え」

「いやいやいや、誘いません」

「じゃあ、おごらせてやる」

「そうですか。
 ありがとうございます。

 あ、デザートはこのお芋にアイスがついたのがいいですねー」

「その代わり、帰りにおこづかいやるから」

「……幼児じゃないんで」
とか言い合いながら、二人で美味しく焼肉をいただいた。



「約束通り、こづかいをやろう」
「いや、いりませんて」
と帰ってきた二人は階段下のにゃん太郎の前で揉めていた。

「ほんとうに小遣い程度しか入ってないからっ」
と親戚のおばちゃんのように、高秀は封筒を押し付けようとしてくる。

 何処かの会社の名前の入った封筒だ。

 請求書とか入ってたやつだろうか……。

「あっ、二万も入ってるっ。
 そんなに食べてませんよ、我々っ」

「いや、いいからとっておけ」

 やかましい、というように、にゃん太郎は伸びをして行ってしまった。

 気がつけば、周囲は、しんとしている。

 あのバーベキューの家も静かだ。

 ちっちゃい子がいるから、もう寝てるのかも、と砂月がそちらを窺う素振りをすると、高秀も黙った。

 小声で言ってくる。

「わかった。
 じゃあ、おまけをつけてもらおうか」

「おまけ?」

「この間見そびれた食洗機とトイレを見せてくれ」

 そう高秀は言ってきた。



「これが、大家さんに、うちもこれにしたいわ~、と言われた、全自動トイレですっ」
と砂月はトイレのドアを開け、

「そして、こちらが食洗機ですっ。
 どうですか?」
とキッチンの食洗機を見せて言った。

「いや、どうですかと言われても……」
と言う高秀に、

 ……ですよね、と思う。

 っていうか、だったら、何故、見せてくれと言いました。

 まあ、私が素直にお金を受け取るようにだろうな。

 今すぐ返すと言っても聞かなさそうだから、今度、またおごるか、肉でも買って返そう、と砂月は思う。

 しかし、このままでは沈黙してしまう。

 仕方なく、砂月は食洗機の説明をはじめた。

「実はこの食洗機、迷いがあったら動かない食洗機なんです」

「なんだ、迷いがあったら動かない食洗機って」

「ぱーんと閉めないと動かないんですよ。
 ちょっとでも迷いながら閉めたら、

『えっ?
 その閉め方じゃ、私、動かないですよ?』
 って感じに動かないです。

 あ、なにか呑まれますか?」

 よかった、会話つづいた、と思いながら、砂月は高秀にそう訊いた。

「お酒、いろいろありますよ。
 二万円分、お呑みください」

「いや、もう充分飲んだから、水をくれ」

 ……二万円分の水。

 何リットルだろうな。

「あ、そうだそうだ。
 弟がくれた炭酸水がありますよ」

「いや、水道水をくれ」

 どうしてもなにもおごらせてくれないらしい、と思いながら、砂月は、
「氷いります?」
と訊いて、普通の水をコップにそそいだ。

 まあ、この辺りの水道水は結構おいしいのだが。

「先生、炭酸水、何本かお持ち帰りになりませんか?」

「どうした。
 持て余してるのか?」

「実は弟がいっぱいくれて。
 うちの弟、おまけがついてるものを見ると、水とかお茶とか、つい買っちゃう人なんですよ。

 おまけのシリーズ全部そろえるまで買っちゃったり。

 そのプラスチックのコップも実は弟にもらったおまけなんです」
と砂月は高秀が飲んでいる水玉の柄の入った細く透明なコップを指差した。

「あの人は酒が買える年齢になったら、きっとグラスのついたビールとか、バケツのついた酒とか買ってくるに違いないですよ」

「まあ、気になるおまけがついてたら買うというのはちょっとわからないでもないが」

「高秀先生でもですか」

「あとで邪魔になるかな、と思いながら、ペットボトルカバーとかついてると、買ってしまうな。

 うちの引き出しにいくつかある」

 お前、いるか? と問われて砂月は、

「先生いらないのなら、メダルゲームの景品に出しましょうよ」
と言った。

「あ、そういえば、うちの弟も他にもなんか持て余してたからもらってこよう。

 なんかのキャラクターのペットボトルキャップみたいなの。

 私、それ、リビングのテレビの横に積み重ねてるの見て、
 この『その他プラスチック』どうすんのー? ってうっかり訊いちゃって。

 姉貴捨てる気まんまんだろって怒られちゃったんですよね~」

 そんな話をしながら、砂月は、

 ありがとう、弟よ。
 お前のおかげで、先生と部屋に二人きりでも話題に困らない、と思っていた。

 今度買ってってやろう、『その他プラ』のついたドリンク。
 


 その日、高秀は宮澤とお好み焼き屋で相席になった。

 まあ、これはこれで知っている人なのでいいか、と思っていると、宮澤が訊いてくる。

「その後、砂月さんとはどうですか」

「どうですかって――

 ああそうだ。
 初めて家に入れてもらったな」

 その言葉に宮澤は衝撃を受けたようだった。

「ほう。
 それで?」

「いや、それでって――

 ああ、トイレと食洗機を見せてもらった」

「何故?」

「……久里山が渡した金を返すって言うから?」

「……何故?」

 何故なんだろうな……と改めて自分で思った。
 


 次の日、なんとなく高秀は砂月を観察していた。

 よく働くな。

 そういえば、この間、家に行ったとき、前の職場で過労死寸前まで働いたって言ってたな、と思い出す。

 なんであんな話になったんだったかな。

 ああ、そうだ。

「そういえば、この間、前の職場の呑み会の打ち合わせをスマホのメッセージでやってましてね」
と久里山が語り出したんだった。

「ほう。
 まだ、前の職場の人間と付き合いがあるのか」

「はあ、ちょっと仕事引き受けすぎて、軽く過労死しそうになったのでやめたんですけど。

 そもそも、ちょっと繋ぎに来てくれと知り合いに頼まれて行ってただけだったですしね」

「お前、そのパターン多くないか」

「そういや、そうですね。

 で、別にみなさんと仲が悪くなったわけでもないので。
 今でも、たまに一緒に呑みに行くんですよ。

 それで、辞める前に断酒中だと言っていた男の先輩が、その呑み会に来ないと言うので、

『まだ断酒中なんですか?』
 って音声入力で送ったつもりだったんですけど、あとで見てみたら、

『まだ男色中なんですか?』
 ってなってて」

「……それ、返事はあったのか?」

「『いや』とだけ返ってきてましたね。

 なんのツッコミもなかったので、ほんとうに男色中なのかな、とちょっと思ってしまったり。

 恐ろしいですね、音声入力って」

「……いや、恐ろしいのはお前だろ。
 送る前に確かめろよ」

 そんな会話の最中に聞いたんだったな。

 余計な情報が多すぎて、『過労死するほど働いた』というところがあまり頭に入ってこなかったが、とか思っていた診療中。

 常連の女の子が注射のあと、泣き出してしまった。

「今日は打たないってママ、言ってたのに~」

 しっかり選んだシールを握りしめながらも、せんせー、ひどいーと泣かれてしまう。

 いや、今日は打たない、俺は言ってないし。

 打つまで泣いてなかったし。

 ママは後ろで薄情にも笑ってるんだが……。

「すみません、先生。
 すぐ連れて帰りますから~」
とママは子どもを抱き上げ、連れて出ていったが、待合室から、

「たかひでせんせーのウソつきー」
と聞こえてくる。

 ママさんたちは子どもに泣かれるのは慣れているようだが、こちらはまだ慣れていない。

 内心、ビクビクしていると、次の患者の母子手帳を持ってきた砂月が笑いながら、

「先生、弁護してあげましょうか?」
と言ってくる。

「いい」

 なんか余計な罪状が増えそうだから……と思いながら、高秀は立ち上がり、診察室の扉を開けた。

「むらたよしゆきくーん」



 椅子に座ってくるくる回り、ママにガッ、と両肩をつかまれた、むらたよしゆきくんの胸に聴診器を当てていると、外から砂月の声が聞こえてきた。

「訴訟を起こす?
 手伝うよ」
とさっきの子に言っているようだった。

 お前、どっちの味方だっ!?



 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

OL 万千湖さんのささやかなる野望

菱沼あゆ
キャラ文芸
転職した会社でお茶の淹れ方がうまいから、うちの息子と見合いしないかと上司に言われた白雪万千湖(しらゆき まちこ)。 ところが、見合い当日。 息子が突然、好きな人がいると言い出したと、部長は全然違う人を連れて来た。 「いや~、誰か若いいい男がいないかと、急いで休日出勤してる奴探して引っ張ってきたよ~」 万千湖の前に現れたのは、この人だけは勘弁してください、と思う、隣の部署の愛想の悪い課長、小鳥遊駿佑(たかなし しゅんすけ)だった。 部長の手前、三回くらいデートして断ろう、と画策する二人だったが――。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

悪徳公主と冷徹皇帝陛下の後宮薬膳茶

菱沼あゆ
キャラ文芸
 冷徹非道と噂の皇帝陛下のもとに、これまた悪しき評判しかない異国の王女、琳玲がやってきた。  琳玲は皇后の位は与えられたが、離宮に閉じ込められる。  それぞれの思惑がある離宮の女官や侍女たちは、怪しい薬草で皇帝陛下たちを翻弄する琳玲を観察――。  悪徳公主と冷徹皇帝陛下と女官たちの日々は今日も騒がしい。

耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー

汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。 そこに迷い猫のように住み着いた女の子。 名前はミネ。 どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい ゆるりと始まった二人暮らし。 クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。 そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。 ***** ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※他サイト掲載

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

あまりさんののっぴきならない事情 おまけ ~海里のろくでもない日常~

菱沼あゆ
キャラ文芸
あまりさんののっぴきならない事情 おまけのお話です。 「ずっとプロポーズしてる気がするんだが……」

幸せのテーブル〜限界集落でクールな社長に溺愛されて楽しく暮しています〜

ろあ
キャラ文芸
職場に馴染めなかった二十三歳の蒔菜。 上司たちに嫌味を言われるようになり、心が疲れてしまい、退職を決意する。 退職後、心を癒やすために地図で適当に選んだところに旅行へ出掛けるが、なんとそこは限界集落だった。 そこで財布をなくしたことに気づき、帰る手段がなくなってしまう。 絶望した蒔菜の前に現れたのは、クールな社長の聖だった。 聖は蒔菜を助けて、晩御飯に手料理を振る舞う。 その料理は、何を食べても美味しくないと鬱々していた蒔菜にとって心が温まるものだった。 それがきっかけでふたりは仲良くなり、恋人へ……。 命の恩人である聖の力になるために、蒔菜は彼の会社で働き、共に暮らすことになる。 親には反対されたが、限界集落で楽しく暮らしてみせると心の中で誓った。 しかし、限界集落に住む村長の娘は、都会から引っ越してきた蒔菜を認めなかった。 引っ越せとしつこく言ってくる。 村長に嫌われてしまったら限界集落から追い出される、と聞いた蒔菜はある作戦を実行するが……―― 溺愛してくる聖と居候のバンドマンに支えられて、食事を通して、変わっていく。 蒔菜は限界集落で幸せを掴むことができるのか……!?

同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました

菱沼あゆ
キャラ文芸
「同窓会っていうか、クラス会なのに、知らない人が隣にいる……」  クラス会に参加しためぐるは、隣に座ったイケメンにまったく覚えがなく、動揺していた。  だが、みんなは彼と楽しそうに話している。  いや、この人、誰なんですか――っ!?  スランプ中の天才棋士VS元天才パティシエール。 「へえー、同窓会で再会したのがはじまりなの?」 「いや、そこで、初めて出会ったんですよ」 「同窓会なのに……?」

処理中です...