お好み焼き屋さんのおとなりさん

菱沼あゆ

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おとなりさんでなくなる日

お前と家族になりたい

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 バーベキューの最中、トイレを借りに家の中に入った高秀は、じっと滑り台を眺めていた。

「滑っていいですよ、先生」

 そんな声がふいに近くでして、慌てて振り向く。

 聖司が立っていた。

「どうぞ。
 俺の友だちも来て、よく滑ってますから」

 いや、そんな、いい大人が、と思ったが、どうぞどうぞ、と言われ、滑ってみる。

 子どものとき以来だが、楽しかった。

「そうだ、先生。
 ボルダリング、タイム、競ってみませんか?」
と聖司が笑って言う。

「あ、いや……」

「二、三回練習していいですよ。
 俺、もう配置頭入ってるし」

「ああでは……」
 


「あれっ?
 高秀先生は?」

 砂月は高秀がお手洗いに立ったまま戻ってこないのに気がついた。

「そういや、聖司も戻ってきてないな~」
と父親が肉を焼きながら言う。

 どうしたんだろ?
と思いながら中に入ると、リビングで男二人、盛り上がっていた。

 こちらに気づいて聖司が笑う。

「ねーちゃん、ねーちゃん。
 センセー、ねーちゃんと結婚したいってー」

「えっ?」

「滑り台欲しさに」
と言う聖司の言葉に、

 まあ、そんなことだと……と思いかけたが、高秀は特に笑いもせずに、こちらを見ていた。



「お前と家族になりたい」

 唐突に高秀はそんなことを言い出した。

「えーと……

 こ、この家に住みたいからとか?」

 砂月は動揺しながら、そう訊いてみる。

 他の理由を思いつかなかったからだ。

「滑り台やボルダリングを見て、お前と結婚したいと思ったのは確かだ」

 高秀はそう認めた。

「だけど、それは滑り台が欲しかったからじゃなくて。

 ここの遊具を見ていたら、楽しげに遊んでいただろう、子ども時代のお前が想像できて。

 実際に見てもいないのに、微笑ましく思ったり。

 そんな自分を不思議に思ったり……」

 高秀はしばし、滑り台やボルダリングを見つめていたが、砂月を振り向いて言う。

「この家もお前の家族も好きだが。
 俺がお前と結婚したいのは、それでじゃない」

 真っ直ぐに見つめられ、ヘタレな砂月は視線をそらし、わたわたしてしまう。

「あっ、そうだっ。
 ここに来た理由、忘れてましたねっ。

 イカだ、イカ!
 肝心のイ……」

「逃げるな」
と腕をつかまれた。

 あの、この間、注射が嫌で逃げ出した子をつかまえたときと同じ形相で見下ろさないでください……、
と砂月は怯える。

「お前が他の男と相席してるんじゃないかと思って、イライラしたり。

 宮澤さんといるときの方が楽しそうだなと思って、落ち着かなくなったり。

 お前と出会ってから、ほんとうに気分が悪い」

 ……じゃああの、手を離していただいた方がいいのでは?
と思いながら、見上げていたが、そのまま高秀は続ける。

「でも、お前といると、今まで感じたことがないくらい……

 感じたことがないくらい――

 なんていうか、上手く言葉が出てこないんだが。

 幸せなんだ?

 気分がいいんだ?

 いや、よくわからないんだが。

 かつてなく、高揚した気持ちになるんだ。

 最初は、お前は大抵、お好み焼きやビールとセットで現れていたから、そのせいかと思っていたんだが。

 栗饅頭や餅入りもなかとお前でも、ドキドキする」

 あの……私は必ず、食べ物とセットでないと、ドキドキされないのでしょうか。

 今は、滑り台と私とか。

 バーベキューの肉と私とかで、ドキドキされているのでは……。

 でも、私はあなたが、真剣な顔で私を見つめてくるだけで、心臓、バクバクなんですけどね。

「すぐに返事はいらない。

 ……断られたら嫌だから」

 さっきまでグイグイ来ていたのに。
 急に照れたような顔で、子どもみたいなことを言い出すので、笑ってしまう。

 それで、雰囲気がやわらいだせいか。
 高秀が手を離してくれた。

 ホッとした砂月は、ようやく聖司がいなくなっていることに気づく。

「何処行ったんでしょうね?」

「気を利かせてくれたのかな、悪かったな」
と言う高秀と二人で探してみた。

 庭に出てみたが、聖司どころか、誰もいなくなっている。

 肉は皿に移されているが、まだ炭は火がついたままだ。

「……なんかあれみたいですね。
 食事食べかけのまま船員がみんな消えたっていう幽霊船みたいな……」

「ここ、放り出される海ないだろ」

 聖司のスマホに電話してみると、すぐに出てきた。

「みんな何処行ったの?」
「隣の村松さんち」

「なんで」

「遠慮して。
 息をひそめてる」

 ……それは申し訳ないことを、と砂月は苦笑いして、高秀と視線を合わせる。



「これがすべてを飲み込むタンスの裏です」

「実物を見る日が来るとは……」

 そんな洗面所での二人のやりとりを聞いていた聖司が横で、

「えっ?
 そんなご大層なものだっけ?」
と呟いている。
 


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