お好み焼き屋さんのおとなりさん

菱沼あゆ

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おとなりさんでなくなる日

運命の相手

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「謝ってください」
「え?」

 二日後の夕方、砂月はお好み焼き屋の前で、宮澤にそう言われた。

「僕は傷つきました。
 もうどう見ても、高秀先生とラブラブじゃないですかっ。

 僕が微笑んだら、砂月さんも微笑み返してくれるから。
 僕は、僕らの間に、愛がいつかは芽生えそうな気がしていたんですっ」

「……二度と誰にも微笑みかけるな、砂月」

 背後から高秀の声がした。

 いつの間にやら、来ていたようだ。

「あなた方の邪魔をしないために。
 砂月さん以上の誰かを僕に紹介してくださいっ」

 高秀は困った顔をする。

「そんなやつ、ちょっといないと思うが」

「……いや、いくらでもいますよ」
と砂月は言った。

 


 宮澤は文句を言いながら、砂月たちとお好み焼きを食べた。

 途中で嘉子が現れ、相席になった相手といい雰囲気だとのろけて去っていった。

「お祝いに僕が今日はおごりますよ」

 そう宮澤は言って、二人を先に帰した。

 ひとりで、もうちょっと呑みたい気分だったからだ。

 目の前の誰もいない席を見つめ、

 僕にもいつか相席の相手が現れるだろうか……と思ったとき、お客さんがガラガラ重いガラス戸を開けて入ってきた。

 あ、にゃん太郎……。

 にゃん太郎が、ひゅっとお客さんの足元から現れる。

 ひらりと宮澤の前に座った。

 尻尾をぱたりぱたりとしながら、まんまるな目でこちらを見ている。

「そうか。
 僕の相手はお前か」

 オスだけど……と呟きながらも、宮澤は笑い、にゃん太郎の頭を撫でてやった。

「あっ、こら、にゃん太郎っ」
とおばさんが言い、にゃん太郎はちょうど開いた入り口から慌てて出ていった。

「すみませんねえ。
 滅多に店の中には入ってこないのに」
とおばさんが謝ってくれる。

 にゃん太郎、慰めに来てくれたのだろうか、と思いながら、
「いえいえ」
と宮澤は笑った。

 ……それにしても、砂月さんの呼ぶ『にゃん太郎』がいつの間にか、ほんとの名前になってるな。

 宮澤は、くすりと笑い、

「すみません。
 生もうひとつー」
とおばさんに頼んだ。

「あいよーっ」
 


 お好み焼き屋を出たあと、砂月は高秀の部屋のベランダに来ていた。

 ライトアップされた木々が夜風にさわさわと揺れている。

「ほら」
と注ぎたての生ビールをビアマイスター高秀が持ってきてくれた。

 そのうち、ほんとうに資格をとりそうだ……。

「なんだか信じられません」
とよく冷えたグラスを手に砂月は言った。

「高秀先生とここにこうしているなんて」

「そうだな。
 俺も信じられない。

 俺が女性に告白して、二人でこんな風に過ごしているだなんて」

 高秀は街を見下ろして言う。

「お前と出会ってから、なにもかもが新鮮なんだ。

 スーパーでおつりをもらうたび、お札の過去についても考えるようになった」

 いや、それはちょっと……。

 話してる内容はともかく、綺麗な横顔だな、と眺めていると、高秀が振り向いた。

「これが運命なのかどうなのかわからないが。
 例え、運命じゃなくても、ずっと二人でいたいかなと思う」

 高秀の手が肩に触れた。
 そっと口づけてくる。

 だが、離れて目が合った瞬間、気恥ずかしく、お互い、飛んで逃げてしまった。

 視線を合わせないまま、高秀が訊いてくる。

「結婚したら、どっちに住む?」
「え?」

「このマンションか、お前の部屋か」

「もし、私の部屋って言ったら、ここ、どうするんですか?」

 賃貸じゃないですよね、と言ったが、高秀はあっさり、
「売る」
と言う。

「お前の部屋はこのマンションと同じくらい魅力的だ」
とボロい二階建てのアパート見ながら、高秀は言う。

 確かに。
 今にも、宮澤さんに立ち退かされそうなお好み焼き屋さんの二階だけど。

 にゃん太郎がいて、みんなが来て、おばさんたちが元気に働いていて。

 いつでも嗅ぐとお腹が空いてしまう、ソースの匂いが漂っている。

 滑り台もボルダリングもないけど、最高の家だ。

 下の一家が匂いに誘われたのか、ゾロゾロ歩いてお好み焼き屋に行くのが見えた。

 その姿に未来の自分たちを重ねて見つつ、二人はもう一度、そっと口づけを交わした――。



                         完


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