あやかし吉原 弐 ~隠し神~

菱沼あゆ

文字の大きさ
1 / 37
隠し神

花魁道中でも拝みに行くか

しおりを挟む
 

 いつも騒がしい江戸の町。

 那津なつ隆次たかつぐの道具屋を訪れていた。

 常に人が行き交っているせいで、埃っぽい江戸では、往来に置いているものはすぐに白っぽくなる。

 店主はあまり気にしないらしいが、俺は気になるな……。

 那津は物騒にも店先に剥き出しで置かれている商品のカマについた埃を手で払っていた。

 すると、奥から現れた隆次が、
「おお、どうした、忠信ただのぶ様」
と呼びかけてくる。

「……今日は忠信じゃない」

「なんだ、その自由自在」
と隆次は言うが。

 那津の服装は坊主のものだったし。

 髷を結ったカツラも被っていないので、忠信のフリをしていないのはわかっていたはずだ。

「忠信は面倒事に巻き込まれ、記憶を失って見つかった。
 体調を崩していたせいもあり、まだ本調子ではないので、休みがちなんだ」

 そんな作り話を忠信の父、道信みちのぶは広めているようだった。

 いや……体調崩して本調子でないのに、吉原に通ってたりするのは問題があると思うんだが、と那津は思っていた。

 忠信の格好で、吉原に行ったことがあるからだ。

 しかも、咲夜に花魁道中などやらせて、かなり派手に振る舞ってしまった。

 まあ、忠信が生きていたと、忠信の敵に知らせることも目的のひとつであったので、いいのだが――。

 そういえば、広めている噂に関して、『面倒事に巻き込まれ』のところをどうするか、道信と話し合った。

 那津が忠信のフリをしているのは、失踪した忠信が帰ってきたと見せかけるためだ。

 忠信がほんとうに事件に巻き込まれて消えたのなら、忠信が生きていると知れば、敵側から接触してくるはず、そう思ってのことだが。

 とりあえず、那津が忠信としての生活に慣れるまで、少しの間でも、平穏に過ごしたいのなら、『面倒事に巻き込まれて』という箇所は省くべきだった。

 敵をあおっているようなものだからだ。

 だが、道信は、
「いやあ、俺はまどろっこしいのは嫌いだからなあ。
 すぐに敵が出てきても構わねえじゃねえか。
 望むところだ』
と言って、そのまま噂を広めてしまった。

 ……いや、構うも構わないも、襲われるのはこっちなんだが、と那津は訴えたが、

「まあまあ、いいじゃねえか。
 親戚のよしみで」
と道信は笑う。

 道信は那津の母の兄、那津にとってはおじさんに当たる。

 しかし、どいつもこいつも勝手なことを、と思いながら、鮮やかな色の鞠を、埃をとりついでに手でもてあそんでいると、もうひとりの勝手な男が、

「どうだ、那津。
 暇なら、吉原に行ってみないか」
と言ってきた。

「今や、飛ぶ鳥を落とす勢いの花魁、二代目明野あけの様でも拝みにいこうじゃないか」

 隆次は愛する明野の妹、咲夜を実の妹のように可愛がっていた。

 咲夜が遊女になってしまったことで、心配事が増えたようでもあるが。

 彼女が桧山ひやま愉楽ゆらくに迫る勢いの花魁となったことは、晴れがましくもあるようだった。

 暇さえあれば、吉原に、ただ、咲夜の花魁道中を眺めるために行っている。

「……俺は別に見たくないんだが」 
と那津は往生際悪く言ってみたが、聞くような男ではない。

「よし、今日はもう店を閉めるか」

 そもそも普段から、開いているのかいないのか、わからない店なのに言い、隆次は出かける支度をはじめた。

 仕方ないな、と言いながらも、付き合うつもりの那津は、ふと隆次が消えた店の暗がりを見た。

 そこにぼんやり、初代明野の姿が見えた気がした。

 新造の姿ではなく。

 町をふらついていたころの咲夜のような、町娘みたいな格好をしていた。

 だが、その姿は一瞬で消える。

 まぼろしか?

 いや、まあ、此処に居てもおかしくはないか、と那津は思う。

 あの階段下の幽霊花魁は、どちらももう、あそこには現れないようだから――。

 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

花嫁

一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

【完結】『紅蓮の算盤〜天明飢饉、米問屋女房の戦い〜』

月影 朔
歴史・時代
江戸、天明三年。未曽有の大飢饉が、大坂を地獄に変えた――。 飢え死にする民を嘲笑うかのように、権力と結託した悪徳商人は、米を買い占め私腹を肥やす。 大坂の米問屋「稲穂屋」の女房、お凛は、天才的な算術の才と、決して諦めない胆力を持つ女だった。 愛する夫と店を守るため、算盤を武器に立ち向かうが、悪徳商人の罠と権力の横暴により、稲穂屋は全てを失う。米蔵は空、夫は獄へ、裏切りにも遭い、お凛は絶望の淵へ。 だが、彼女は、立ち上がる! 人々の絆と夫からの希望を胸に、お凛は紅蓮の炎を宿した算盤を手に、たった一人で巨大な悪へ挑むことを決意する。 奪われた命綱を、踏みにじられた正義を、算盤で奪い返せ! これは、絶望から奇跡を起こした、一人の女房の壮絶な歴史活劇!知略と勇気で巨悪を討つ、圧巻の大逆転ドラマ!  ――今、紅蓮の算盤が、不正を断罪する鉄槌となる!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あやかし吉原 ~幽霊花魁~

菱沼あゆ
歴史・時代
 町外れの廃寺で暮らす那津(なつ)は絵を描くのを主な生業としていたが、評判がいいのは除霊の仕事の方だった。  新吉原一の花魁、桧山に『幽霊花魁』を始末してくれと頼まれる那津。  エセ坊主、と那津を呼ぶ同心、小平とともに幽霊花魁の正体を追うがーー。  ※小説家になろうに同タイトルの話を置いていますが。   アルファポリス版は、現代編がありません。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。  源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。  長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。  そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。  明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。 〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。

処理中です...