あやかし吉原 弐 ~隠し神~

菱沼あゆ

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隠し神

夏の吉原

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「このところ暑いし。
 たまには、猪牙舟ちょきぶねで行くか」
と隆次が言った。

 確かに川を舟で行く方が涼しいだろう。

 だが、周五郎が川を流れていったのは、少し前のことだ。

 自分で見たわけではないが。

 記憶が生々しいうちは舟で川を行くのはまだ抵抗があった。

 結局、二人で歩いて吉原に向かう。

 うっかり駕籠に乗ったりすれば、酒代までねだられたりするので、たいした金もないなら、歩いていくにこしたことはない。

 衣紋えもん坂を下ると、大門の向こうに、先程までとは別世界のような明るく華やかな世界が垣間見かいまみえる。

 桜も菖蒲も終わり、夏真っ盛りの旧暦の六月。

 吉原の人出はいつもより少ない時期ではあるが。

 それでも、やはり江戸の何処よりも艶やかで賑やかな場所であるように那津には感じられた。

 遊女を買うわけでもないので、二人で夜でも明るい仲の町をブラブラしていると、やがて、花魁道中がやってきた。

 遊女の定紋のついた箱提灯を手にした若い者。

 そのあとに続く、愛らしい禿かむろ新造しんぞうたちですら引き立て役のように見える花魁がやってきた。

 誰もが目を奪われるその女は吉田屋の愉楽ゆらくだった。

「何故、神仏はあんな女に、あんな見てくれを与えてやったのかね?」

 その気性の激しさから、悪名高い愉楽には見惚れもせずに、隆次は言う。

 だが、麗しい遊女を眺めに来た他の客たちは満足げだった。

 みんなが愉楽の美貌を褒め称えていたそこに、新たな花魁道中の灯りが見えた。

 花魁に傘を差し掛ける男が一瞬、長太郎ちょうたろうに見えて、どきりとしたが、違った。

 見たことのない細い色白の男だった。

 まあ、自分以外の誰もその男には注目などしていないだろう。

 何故なら、みなの視線はその花魁に吸い寄せられ、彼女以外のすべてが影のように見えてしまうからだ。

 隆次が横で満足げに頷いた。

「やはり、咲夜が一番美しいな」

 ……この兄莫迦め、と那津は思っていたが。

 確かに自分にもそう見える。

 月の光と提灯の光に照らし出された白い咲夜の顔は、身につけている豪奢な衣装よりも輝いて見えた。

 目元の紅い色のせいで、より肌が白く見え、この世のものではないかのような美しさだ。

 周囲で話しているのが聞こえてくる。

「二代目明野だ」

「桧山や愉楽に比べると、迫力には欠けるが、初々しくていいな」

 誰もがうっとりと咲夜を見ていたが、那津は隆次と同時に呟いていた。

「……すごいな、化粧の力」

 その呟きが聞こえたのか聞こえなかったのか。

 目の前を通った咲夜と目が合った……ような気がした――。



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