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隠し神
吉原の客
しおりを挟む今日の咲夜の客はでっぷりしたジジイか。
まあ、若い色男よりはいいか。
なんとなく――。
ジイさんは咲夜の許に通うのはまだ初会のようで。
噂の明野を見に来ている、くらいの感じのようだった。
……孫とじいさんみたいだな、と緋毛氈に腰掛け、にこにこしている何処かのご隠居らしきその老人を見ながら那津は思う。
そのとき、愉楽が咲夜たちの方を窺い、
あら、あなたのお客はそんなもの?
という顔をするのが見えた。
愉楽の客はいつぞや見た大名のようだった。
だが、その大名は那津もある意味、よく知っている。
この間、隆次には言わなかったが、ひとりで吉原に来てみた。
もちろん、遊女を買いに来たわけではなく、咲夜の様子を窺いに、だ。
吉原の大門は、大名であっても駕籠に乗って潜ってはならない。
駕籠を降り、歩き出した大名と、そのとき、たまたま横並びになったのだ。
大名は横を歩く人影に気づき、最初は、なんだこいつ、控えろ、という顔をした。
まあ、この吉原では客は平等。
此処で、もっとも偉いのは遊女様だ。
大名だからといって、こびへつらう必要はない、そう思い、那津が大名を見返すと、彼は、ひっ、という顔をした。
ああ、この男……と那津は気づく。
いつぞやも、此処で俺の顔を見て、ビクついていた奴だ。
那津は、あのときもこのときも、忠信の姿で髷を結ったカツラを身につけていた。
「愉楽の許に行かれるのですか?」
普通に知り合いに話しかけるように話しかけてみる。
大名は、
「えっ?
あ、……はいっ」
と微妙に改まりながら答えた。
――いや、この男に改まる必要はあるのか。
だが、しかし……と惑うような顔をしながらも。
那津はそこで、待てよ、こいつが帰って、いろいろしゃべると面倒だ、と思い、
「私が此処に来ていたこと、他言無用に願います」
と大名に言った。
「は、はい……わかりました」
大名はまだ、こいつに敬語を使う必要があるのか、と迷っているようだったが、そう答える。
今、那津は忠信の格好はしていない。
大抵の坊主が吉原に入るとき、そうであるように、医者のナリをしていた。
医者は剃髪している者もいるので、坊主が変装しやすいからだ。
だが、二度も髷を結った状態の自分を見ていたあの大名には、自分が誰だかすぐにわかったようだ。
那津が無言で見つめると、ひっ、という顔をし、早く茶屋の中に入ろうと愉楽を急かす。
いつもなら、愉楽の客であることを周りにひけらかすように、外に長居するのだろうに。
大名が慌ててその場を去ろうとしたことを愉楽は不審に思ったようだった。
愉楽は、先程、大名が見ていた方角に視線を向ける。
那津と目が合い、おや? という顔をしていたが。
大名に急かされ、そのまま行ってしまった。
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