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隠し神
左衛門の依頼
しおりを挟む咲夜も茶屋に入っていってしまったので、那津たちは、なんとなく吉原の中を歩いていた。
大見世の朱塗りの格子の向こうには、ぼんやりした灯りのせいで、より美しく見える遊女たち。
この店に並ぶ高い遊女たちを買う金などないとわかっているのに、男たちは吸い寄せられるように立ち止まり。
総籬の向こうの彼女たちをぼんやりと眺めている。
那津も足を止めていたが。
それは美しい遊女たちに魅了されたからではなく。
こんな普通の男がとても買えないような女たちの更に上。
頂点に近い場所に咲夜は一気に駆け上がっていったのか、と感心していたからだ。
初代明野のこと、若旦那のこと、幽霊花魁のこと。
さまざまな話題性あってのこととはいえ。
こうして、他の高級遊女たちを見ていると、改めて、凄いことなのだなと実感する。
そのまま、聴くともなしに、各妓楼から流れてくる三味線の音を聴いていると、扇花屋から顔を出したものが居た。
楼主、左衛門だ。
那津を見て言う。
「おや、お医者様。
実は、ちょっと気分の悪い遊女がいましてね」
診ていただけませんか、と言って、左衛門は、なにを考えているのかわからないその顔に、うっすらと笑いを浮かべる。
人の悪い……。
この吉原では見た目の職業が、ほんとうの職業ではないこと、誰よりもよくわかっているだろうに。
だが、那津は隆次とともに、内所に通された。
見世が開いている間、楼主がいつも客や遊女を見張るのに座っている場所だ。
壁の前にある刀掛には、武士の客から預かった刀がずらりと並んでいる。
妓楼には、刀を持ち込めないからだ。
左衛門は奉公人に命じ、茶など出してくれた。
愛想が良すぎて不気味だな、と隆次と目を見合わせたとき、左衛門が言った。
「那津様。
今日はそのようなナリでいらっしゃるので。
あやかし退治も、下手人を捕まえるのもお願いはできませんかな」
「……いや、別に構わないが」
どうせ偽医者なので、別にいい、と那津は言ったが、左衛門は、
「此処ではなにがニセモノということもございません。
那津様が何者だと名乗ろうとも、此処ではすべて真実なのです」
ちょっと含みのある言い方だった。
おや? と思ったとき、左衛門が話を変えるように言った。
「ときにお二方、近頃、江戸に『隠し神』というのが出るのをご存知ですかな?」
「――隠し神?」
と那津たちは訊き返す。
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