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隠し神
咲夜の盗み聞き
しおりを挟む咲夜は孫の話をニコニコしながら語るご隠居さんと話をしていたが。
ご隠居さんが芸者と三味線の話を始めたところで、すすっと近づいてきた、新造、桂に耳打ちされた。
「那津様がいらっしゃってますよ」
えっ? なにをしに? と咲夜は思う。
さっき見たので、那津が吉原に来ているのは知っていたが。
いつものように、隆次と花魁道中を眺め、ぶらぶらして帰るだけだと思っていた。
私を買いに来るようなお金はないはずだけど。
この妓楼では一度私を買っているから、他の遊女は買えないはず。
でも、あのときは忠信として来ていたんだっけな。
那津、としては、桧山姉さんを買っているから。
今の扮装なら、桧山姉さんなら買えるはず。
ああ、ややこしい。
なんであの人は幾つも顔と名前があるのだろう。
あの怪しい坊主、一体、ほんとうは何者なのか。
そんなことを思いながら、咲夜は隙を見て、下に下りてみた。
すると、左衛門がなにやら、那津に相談を持ちかけている。
最早、除霊する坊主を通り越して、なんでも屋ね、と思ったとき、左衛門が言うのが聞こえてきた。
「空いている遊女でよければ、お相手させますが。
ああもちろん、あとで、それとは別に依頼の賃金はお支払い致しますよ」
なんの依頼かも気になったが、空いている遊女でよければ、という台詞が気になり、じっと見ていると、隆次がこちらに気づいて笑った。
「お、階段下に幽霊花魁様のお出ましだぞ」
もっとも、そう言う前から、那津は自分がかつての姉のように、ぼんやりそこに立っていることに気づいていたようだが――。
「隠し神?
ああ、聞いたことあるわ。
誰か話してたわよ。
物がなくなってはまた現れるって事象が頻発してるって」
左衛門が、仕方ない、という顔でため息をつき、許してくれたので、咲夜は内所で那津と少し話せた。
「桧山姉さんのところに居続けしている客が知っているのなら、姉さんにもっと訊いてもらえばいいじゃない」
その台詞は那津たちでなく、もうこちらに背を向けて、客たちを見張っている左衛門に向けたものだった。
「桧山ではそれ以上わからなかったから、那津様に頼んだんだ」
振り返らずに左衛門は言う。
「那津様なら、なにかわかるかもしれないだろう?」
意外に那津を買っているのね。
役にも立つけど、厄介事ばかり持ち込んでいる気がするのに。
「なんだったら、私も調べ……」
咲夜が言い終わらないうちに左衛門が遮るように言う。
「早く戻りなさい、明野。
ご隠居をお待たせするでない」
はいはい、と咲夜は内所を出ようとしたが、
「咲夜」
と那津が呼びかけてくる。
此処では明野ですが、と思いながら、咲夜は、
「なんだんすか?」
と遊女の顔を造り、訊いてみた。
「……顔色が悪いようだが」
「血色がいい遊女っていうのも、妙だんしょう?
少し影のある女の方が殿方はお好きでしょうに」
そう言いはしたが、もしかしたら、那津にはすべて見えているのかもしれないな。
那津だからな、とも思っていた。
那津たちに向かって、遊女らしく艶やかに微笑み、咲夜は階段を上がっていった。
足を引っ張ってきそうな姉、明野はもうそこには居なかった。
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