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隠し神
消えたモノ
しおりを挟む実助の表情を見た那津は、おや? と思った。
「旦那のところで消えたものはなんだったんですか?」
と突っ込んで、訊いてみる。
実助は、
「うん、いや。
小さな観音像だ。
ほら、扇花屋の主人の仏様が消えたみたいに、いきなり消えて。
すぐに現れたんだ。
だから、大事なかったんだが……」
「旦那のところの観音像なら、小さな物でも、かなり高価なのではないですか?」
ああ、まあな、とちょっと自慢げに。
だが、やはり、微妙にビクつきながら、実助は言う。
「まあ、すぐ出て来たんだから、いいじゃないか」
急いで話を切り上げ、行きかけた実助だったが、戻ってきた。
「お前、名はなんてんだ?」
「那津と申します」
「那津。
またいい絵ができたら、見せてくれ。
桧山のじゃなくてもいいぞ。
絵を眺めるくらいなら、浮気にはなるまい」
吉原で遊女と過ごすのは、仮の結婚をするのと同じこと。
花魁の着物があのように豪華なのも、『花嫁衣装』という意味があるかららしい。
だから、同じ妓楼内での浮気は御法度なのだ。
バレれば、髷を切り落とされたり、恐ろしい目に遭うという。
たかが髷と思うが。
この時代、髷が結えないと人前に出づらくなってしまうので、大問題だった。
「旦那は羽振りがいいんですね」
と那津が言うと、ははは、と笑って実助は湯屋に入っていった。
「はずれだな」
実助が消えた方を見ながら、那津は呟く。
「え?」
「最初に隠し神の名を出したとき、あの男はギクリとしていた。
隠し神の被害に遭ったという話を、あまり広めたくなかったのかもしれないな」
「じゃあ、なんで自分で妓楼で話したんだよ」
「少しは広まって欲しかったからさ。
でも、俺みたいな見ず知らずの町の奴にまで広まって欲しくはない。
自分が観音像を持っていった七つ屋の耳にまで届いてしまいそうだったからだ」
七つ屋とは、質屋のこと。
質屋に行くことがバレたくない江戸っ子たちは、シチヤを七つ屋と呼んでいた。
「まあ、七つ屋はしゃべらないだろうが。
なにかの弾みで、そういえば、と思い出されるのが嫌だったのかもしれないな」
隆次が、ああ、と頷く。
「なるほど。
あの若旦那は、隠し神の噂を聞いて、それを利用し。
親兄弟の高価な観音像をくすねて質に入れたのか」
「すぐに金が工面できるあてがあったんだろうな。
だから、ちょいと失敬して、すぐに元に戻した。
隠し神の噂をそのままなぞるように――」
隆次が、
「こりゃ、他の話も何処までほんとうかわかんねえな」
と頭を掻く。
「そうだな。
そんなことを突き詰めて考えてったら。
そもそも、隠し神なんて居るんだろうかって話になるけどな」
「居ないんだったら、左衛門はただ、すられただけってことになって。
仏様と……
謎のあともうひとつの『なにか』は返ってこないぞ」
「……そこも気になる」
そう渋い顔で那津は言った。
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