あやかし吉原 弐 ~隠し神~

菱沼あゆ

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隠し神

煮売り酒屋

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 夕方、那津が隆次といつもの店で呑んでいると、いつものように小平たちが現れた。

「おー、那津。
 お前、また吉原辺りをウロウロしてるっていうじゃないか」

「いいなあ。
 いい商売ですよね~。

 代わって欲しいです~」
と弥吉が言う。

 代わって欲しいって誰と? と那津は思う。

 絵を描いたり、幽霊退治をしたり。

 しまいには、事件を調べはじめたりしているこの似非えせ坊主の那津とか。

 それとも、与力の忠信とか。

 いいや、それとも――
と那津が考えていたとき、酒を注文したあと、隆次と話していた小平がこちらを見て言った。

「へえ、俺も見たかったな。
 その桧山の絵」

 若旦那に売った絵の話を聞いたらしい。

「……紙と筆を寄越せ」

 那津は小平にそう言った。

 なんだかんだで前回も世話になった。

 絵の一枚くらい描いてやらないこともない、と思ったのだ。

「調達してきますっ」
と何故か小平より乗り気な弥吉は、店から走り出ていった。

 やがて、何処から持ってきたのか。

 ちょうどいい感じの紙と筆を抱えて戻ってくる。

「貸してみろ」

言って受け取ると、那津は床にそれを置き、するすると描きはじめた。
 頭の上から覗き込みながら、隆次が言う。

「すごいな。
 なにも見てないのに、前描いた絵とそっくりだ」

「おっ、こいつあ、別嬪だな。
 誰だい?」

 聞き覚えのない声がする。

「莫迦だな、桧山じゃないか」

 いつの間にか、小平たち以外の客も上から覗き込んでいるようだった。

「これ、桧山かい?
 売ってる絵より、いいじゃないか」

「そうだな。
 なんていうか、素な感じで艶っぽいな」
と男たちがざわめく。

 あの莫迦旦那もそう言っていたが。

 艶っぽいかな。
 あまり構えてない感じの桧山を描いたんだが。

「ちょっと描かせてくれ」
と桧山に言ったら、

「じゃあ、適当に描くといいだんす」
と言われた。

 若旦那ももう寝ていたので。

 桧山は部屋で、文を書いたり。
 残った料理を持ってきていたのをつまんだり。

 酒を呑んだり、適当にくつろいでいた。

 それをそのまま描いただけなのだが――。

「いや、いいよ」
「うん、なんかいいよ」

「兄さん、俺にも売っとくれ」
とみんなが言い出す。

「でも、この人、坊主じゃないのかい?
 絵師なのかい?」

「なに言ってんだい。
 この人は、あの有名な、扇花屋の幽霊花魁を退治した坊さんだよ」

 ……話がおかしな方向に曲がりくねっている、と思いながらも、那津は黙って絵を仕上げる。

「退治しちまったのかいっ。
 偉い別嬪だって聞いてたんだがっ」

「いやいや、幽霊なんだろ?」

「幽霊でも、別嬪なら、退治せずにそのまま置いときなよっ」

 男たちがそんなしょうもない話をしている間、何故か隆次だけが、渋い顔で、那津の描いた絵を眺めていた。


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