あやかし吉原 弐 ~隠し神~

菱沼あゆ

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隠し神

すごいと言われた理由

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 大名が逃げていったあと、那津を見ていた七郎が言う。

「なんだ、あんた、すげえな。
 大名をビビらせるとは。

 チラと聞こえたけど。
 あんた、なにか探してんのか」

「……隠し神を探している」

 そう那津は白状した。

 この男、なにか知ってそうだと思ったからだ。

「隠し神を探すって。
 あれ、あやかしじゃねえのか」

 そう笑ったあとで、七郎は言う。

「まあ、実は俺はあやかしは信じねえ」

 いや、今もお前の後ろを、なんか人ではない、ふわふわした白いものが歩いているが……、
と那津は思っていたが、口には出さなかった。

 せっかくなにか話そうとしてくれているようだったからだ。

「あんた、穴蔵屋に知り合いはいるかい?」

穴蔵あなぐら屋?」

 穴蔵屋は屋敷などに地下室を掘る仕事をする者のことだ。

 江戸は災害が多かったので、大事なものを守るため、店舗や屋敷に地下式の防火倉庫を作っていた。

 江戸は少し掘ると、地下水が浸み出してくるところも多かったので。

 穴蔵を作る大工は防水のための高い技術が必要だった。

 そこで、七郎は周囲を見回し、小声でひそひそと言ってくる。

「今、江戸に普通と違う穴蔵屋がいるんだってよ」

「普通と違う穴蔵屋?」

「穴蔵を掘ってくれるんじゃなくて。
 自分とこの穴蔵に預かってくれるんだってさ。

 人目につきたくないようなものを――」

 ほう、と那津が言うと、

「最近、ほら、隠し神が出るじゃねえか。
 そいつに大事な物を盗られたくない奴らが、その穴蔵屋に預けてるって話だよ」
と七郎は言う。

「で、俺は考えたんだ。

 ……おっと、これは俺が思いついたことだから。

 与力とはいえ、手柄はとるんじゃねえぜ、忠信様」

 生臭坊主になったり、与力になったり忙しいな、と思ったが。

 そんな那津の顔を見て七郎は言う。

「あんたがいつ見ても、いい女と居るから、生臭坊主って言っただけだ。

 愉楽様、明野様と来て、この上、桧山様とまで親しかったら、もう俺は、あんたが与力だろうと殴るからな」
と七郎が言いかけたとき、

「あら、那津様」
と少し低めの艶のあるいい声が背後からした。

 振り向くと、新造と禿たちを従えた桧山が立っていた。

 いつものように着飾ってなくとも、艶やかで、人目を引いた。

 みんなで、買い物にでも行くところのようだった。

「那津様、またいらしてくださいだんす。
 いついつまでも、あなた様がいらっしゃる日をお待ち申し上げているだんすから」

 桧山がけなげな遊女を装い、そう言うと、新造たちが笑い出す。

 今の七郎の言葉が聞こえたから、わざとそう言ってみせたのだろう。

 だが、七郎は、殴ると言ったくせに、その場に片膝をつく。

「旦那。
 お見それしやしたっ。

 ほんとうに桧山様とまでっ。

 いつでも人手が必要なときにはお声ををかけくださいっ。

 すぐに人数集めますから」

 どんな理由で尊敬されてんだ……と困った顔をする那津を見て、桧山たちはまた笑った。


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