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隠し神
後ろに居る――
しおりを挟む那津が不夜城のような吉原に戻ると、咲夜はまた爺さんの相手をして、仲の町を仲良く散歩していた。
那津がその様子を離れた場所から見ていると、後ろから声がした。
「儲かっているからいいような気もするんですがね」
左衛門が立っていた。
内所での見張りは他の者に任せてきたようだった。
「明野の許を訪れるのは、金のある年寄りが話題の明野を見に来るか。
金を持て余しているような若い男が興味本位でやってくる場合が多いんですが。
若い男の方は、なにか急用ができたりしては帰っていく」
「あいつに憑いてる、あんたの息子のせいだろう」
那津には、咲夜の後ろに長太郎の影が見えていた。
咲夜が普通に歩いているときも、長太郎は、花魁道中のときのように、咲夜に傘を差しかけ、付き従っている。
「意外に周五郎は見えないんだよな。
満足して消えたかな」
「……まあ、金を払ってもらえれば別にいいので、どうでもいいんですがね」
と言う左衛門は実は息子に成仏して欲しくないのではと思ったりもした。
霊でもその姿を見ていたいのかもしれない。
だが、長太郎に憑かれている咲夜は、消耗しているのか。
ずっと顔色が悪いのだが。
――まあ、それも問題だが。
あれが見えているはずなのに、なにも動じない桧山が怖い。
那津は、ご隠居の手を取り、微笑みながら歩く咲夜を見る。
こんなときは、長太郎は静かに寄り添うように咲夜の側に居る。
まあ、死してなお、咲夜に付き従う長太郎の姿を見せられることは、桧山にとって、なによりも、ひどい罰であることは確かなのだが――。
「ところで、那津様。
なにか話があって戻ってこられたのでは?」
左衛門の言葉に、那津は一晩中灯りの灯っている吉原を見ながら言う。
「ここはよく火事になる。
お前のところも、穴蔵を掘っているのか」
吉原には一定間隔で遊女屋の屋号のついた用水桶が置かれている。
それでも、火事が多かった。
何度も全焼している。
失火もあるが、遊女による放火もあったからだ。
江戸では放火は大罪で、死刑が当たり前だったが。
哀れな境遇に同情して、遊女に関しては、減刑されることが多かった。
左衛門は、その用水桶を見ながら言う。
「汚れた金で得た財を、穴蔵に埋め込んでまで守ろうとは思いません。
のちのち商売を続けるためなら、遊女たちを詰め込んだ方がいいのでしょうが。
ま、上が火事になれば、穴蔵の中の者は死ぬでしょうから、それも意味がありませんな。
だから、作っておりません」
左衛門は意外にも、おのれの仕事を恥じているようなことを時折言う。
「ないのならちょうどいい。
穴蔵屋を呼んで、掘るよう頼んでみてくれ」
「人の話を聞いていらっしゃいますか? 那津様」
「そして、言うんだ。
『もっと良い隠し場所があると良いのだが……。
人目につきたくないものを守れるような場所が』と」
呆れたように溜息をついていた左衛門がこちらを見た。
「お前が言うと、信憑性があるだろうな。
その話をしてみて、反応のない穴蔵屋は断れ」
金に渋い楼主が、金銭面で折り合いがつかないと言えば。
断られた理由に疑いを持つことはないだろう。
「また面倒臭いことを言い出されましたな」
と左衛門が苦い顔で言ったとき、
「おやおや、面白い話をされていますな」
と地味だが、いい着物を着ている細身の男がやってきた。
吉田屋の主人だ。
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