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隠し神
妓楼 吉田屋
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「愉楽や。
サトは絶対に口を割らないのだが、お前はあれになにを頼んだのだ」
那津への伝言を頼んだ禿のサトが楼主、多助に捕まったと聞き、愉楽は下に下りてきたが。
ちょうど外から戻ってきた多助につかまり、問い詰められていた。
「……別に。
今度、うちにもいらしてくださいと伝えてくれと言っただけよ」
「あの那津という男は、扇花屋の桧山の客じゃないか」
「だから、奪ってやったら面白いかと思って」
「お前が本気でそう思っているのなら、禿に言伝などせず、自分で文を書くだろう」
愉楽の書の美しさと文章には定評がある。
つんとした本人の態度とは真逆の文のやさしさに、参ってしまう男も多い。
多助に、しつこく追求されて、愉楽は言った。
「……昼間、最中の月をおごってもらったから。
そのお礼を言いたくて」
なにを小娘みたいなことを、と呆れられる。
もちろん、そんな理由ではない。
そもそも、那津はおごってくれてなどいないし――。
でも、それは自分の方が後から来たからで。
一緒に行っていたら、おごってくれそうな気がした。
まあそれはさておき、那津に協力してみたのは、ちょっと密偵の真似事をしてみたかったからだ。
多助は言う。
「あの男は怪しい。
今もあの左衛門と通りで話していたが。
左衛門がこの時間に店を放って出てきて話しているとは。
よほどの上手い話があるのだろう」
そう言い、吉田屋はなにか言おうとしてやめた。
儲け話なら、遊女に聞かれたくないと思ったのだろう。
那津のように情報を集めろと頼んでくれたら、なにか見聞きしたとき、教えてやらないこともないのだが。
「さあもう、上に戻りなさい」
と言われ、はいはい、と愉楽は適当な返事をする。
実は、他の遊女から隠し神の話を聞いたのだ。
客の中に、隠し神にとられたものがひとつ出てきて、残りはまだ出てこないままだと言っている者がいたと。
だが、ひとつ出てきたのだから、そのうち、他の物も戻ってくるだろう、とその者は軽く考えているらしい。
それがほんとうに、あやかしの仕業なら。
あやかしは気まぐれだから、それがいつになるのかわからないのに。
わざわざ、那津のために調べたわけではないのだが。
――でも、一応、知らせておこうかと思ったのに。
多助は他の遊女に文句を言いながら、何処かに行ってしまった。
那津はまだ、左衛門とともに外に居るらしい。
愉楽はそっと抜け出してみることにした。
サトは絶対に口を割らないのだが、お前はあれになにを頼んだのだ」
那津への伝言を頼んだ禿のサトが楼主、多助に捕まったと聞き、愉楽は下に下りてきたが。
ちょうど外から戻ってきた多助につかまり、問い詰められていた。
「……別に。
今度、うちにもいらしてくださいと伝えてくれと言っただけよ」
「あの那津という男は、扇花屋の桧山の客じゃないか」
「だから、奪ってやったら面白いかと思って」
「お前が本気でそう思っているのなら、禿に言伝などせず、自分で文を書くだろう」
愉楽の書の美しさと文章には定評がある。
つんとした本人の態度とは真逆の文のやさしさに、参ってしまう男も多い。
多助に、しつこく追求されて、愉楽は言った。
「……昼間、最中の月をおごってもらったから。
そのお礼を言いたくて」
なにを小娘みたいなことを、と呆れられる。
もちろん、そんな理由ではない。
そもそも、那津はおごってくれてなどいないし――。
でも、それは自分の方が後から来たからで。
一緒に行っていたら、おごってくれそうな気がした。
まあそれはさておき、那津に協力してみたのは、ちょっと密偵の真似事をしてみたかったからだ。
多助は言う。
「あの男は怪しい。
今もあの左衛門と通りで話していたが。
左衛門がこの時間に店を放って出てきて話しているとは。
よほどの上手い話があるのだろう」
そう言い、吉田屋はなにか言おうとしてやめた。
儲け話なら、遊女に聞かれたくないと思ったのだろう。
那津のように情報を集めろと頼んでくれたら、なにか見聞きしたとき、教えてやらないこともないのだが。
「さあもう、上に戻りなさい」
と言われ、はいはい、と愉楽は適当な返事をする。
実は、他の遊女から隠し神の話を聞いたのだ。
客の中に、隠し神にとられたものがひとつ出てきて、残りはまだ出てこないままだと言っている者がいたと。
だが、ひとつ出てきたのだから、そのうち、他の物も戻ってくるだろう、とその者は軽く考えているらしい。
それがほんとうに、あやかしの仕業なら。
あやかしは気まぐれだから、それがいつになるのかわからないのに。
わざわざ、那津のために調べたわけではないのだが。
――でも、一応、知らせておこうかと思ったのに。
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那津はまだ、左衛門とともに外に居るらしい。
愉楽はそっと抜け出してみることにした。
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