あやかし吉原 弐 ~隠し神~

菱沼あゆ

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隠し神

左衛門の秘密

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「さっきの本、俳諧の本だったな。
 左衛門殿と立派な字で書かれていたが。

 どなたか有名な俳諧師の方から直接もらった本なのか?」

 無事に扇花屋に戻ったあとで、那津は左衛門にそう訊いた。

 だが、左衛門は、ふいと視線をそらして言う。

「私は俳諧などたしなみません。
 楼主たるもの、そんなことして気取って浮かれていたら、吉田屋と同じになってしまう」

 いや、あの本、ずいぶん読み込んでいたようなんだが……。

 かなり、よれた感じだった。

 しかも、肌身離さず持っていた石の仏と一緒に持ち歩いていたようだし。

 なにを盗まれたのか言わなかったのは、盗まれたのが、あの本だと知られたくなかったんだな、と那津は気がついた。

 左衛門は非道な楼主かもしれないが。

 そんな仕事に誇りを持ちつつも、人として、下の下の仕事だと恥じてもいるところもあるようだった。

 だから、吉田屋のように、立場を忘れ、文化人と交わろうとする楼主たちを嫌っているのだろう。

 それなのに、そんな自分も実は俳諧にはまっているなどと、人に知られたくなかったのに違いない。

「まあ、すり替えておきましたので。
 これで、隠し神が本を返してこなくとも、あの箱を穴蔵から引き上げればいいだけです」

 石の仏はなんの価値もないので、返してくるでしょう、と左衛門は言う。

「……隠し神の正体は暴かなくていいのか」

「盗人風情のことなど、どうでもいいです。
 大金持って我が妓楼に来るのなら、もてなしてさしあげますけどね。

 さて、那津様。
 お礼になにを差し上げましょうか」

「礼などいいが……。
 咲夜を楽にしてやってもいいだろうか」

 左衛門は渋い顔をする。

 このところ、咲夜の顔色が悪い。

 長太郎の霊は、咲夜を客から守ってくれてもいるが、本人が咲夜に夜な夜なまとわりついて厄介なのでは、と思っていた。

「仕方ありませんな」
と左衛門は目を伏せる。

 生きていたときには、表立って情をかけることはなかったとは言え、実の息子だ。

 霊となっても、そこに居てくれるのなら、見ていたかっただろうが。

 自分のところの出世頭の遊女につきまとい、ボロボロにされても困るだろう。

「では、また来る」
と帰ろうとすると、

「今、長太郎を祓っていかなくて良いのですか?」
と左衛門は訊いてくる。

 覚悟を決めたから、もうやってくれ、という感じだったが。

「いや――。
 その前にやっておくことがある」
と言い、那津は行こうとした。

 だが、気になっていたことがあり、振り返る。

「あんた、最近、ずっと俺にあらたまった態度をとっているが、なんでだ」

「……私は利用できるものは、なんでも利用するたちでして。
 こんなところにずっと居ると、外の正解では到底聞こえてこないような、噂話も耳に入ってくるのですよ」

 ――那津様、と呼びかけ、左衛門は笑った。



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