1 / 44
知らない人がとなりにいます……
同窓会に行きました
しおりを挟む「めぐるーっ。
元気だったー?
さあ、呑んで呑んで」
ちょっと気を使ったような友だちの声。
川沿いの涼やかな風の吹く店で、めぐるはビールをそそがれる。
お互いの近況を笑顔で話しながら、めぐるは隣に座る男が気になっていた。
同じように、クラスメイトから酒をそそがれている男。
自分とは反対側を向いて話しているその男は、知的な目元で鼻筋の通った端正な顔をしているのだが。
まったく見覚えがなかった。
えっ?
今日って、クラス会だよね?
こんな顔の人、いたら覚えてるよ。
小学校低学年とかならともかく、中学校の同窓会で、のちのち、すっごい顔変わりましたとかなくない!?
女の子みたいにメイクしてるわけでもないのに。
めぐるの鼓動が速くなる。
――後ろの人誰っ?
もしかして、私、クラス間違ったっ!?
いや、ここは学校の教室ではないし。
他のメンツは、ほぼ見覚えあるのだが……。
ドキドキしながらも、知っている人だったら失礼なので、訊くに訊けない。
少なくとも、この体勢ではっ、と彼と背中合わせに座ったまま、めぐるは思う。
なにか話の端々から漏れ聞こえてくることで判断できないかと焦ったが。
二人は延々と世界情勢について語っている。
――いや、もっと狭い範囲の話をしてっ。
できれば、過去の教室内の、できるだけ人間関係のわかる話をっ。
それか、他の人と話に何処かに行ってっ。
いや、待てよっ。
向こうが立ち上がらないのなら、こちらが立ち上がって移動すればいいんだっ。
それから誰かに訊こう!
そう思ったとき、
「お、河合。
元気か?」
と謎の彼と話していた清水が立ち上がったようだった。
そうだ。
清水に合流して訊こうっ、と思ったが。
その謎の彼も一緒に立ち上がったようだった。
歩き出す気配がする。
めぐるは急いで、目の前の女子、八幡克子に訊いてみた。
「う、後ろの人、誰っ?」
「田中だ」
と背後から声がした。
どうやらスマホを忘れたらしく、謎の男は戻ってきていた。
「お前こそ、誰だ?
クラス間違えたのか?」
いや、だから、ここ、教室じゃないですよ、と思いながら、めぐるは長身のその男を見上げる。
こんな人いたら、やっぱり覚えてるよな~と田中を見ながら、めぐるは周りに集まってきたみんなの話を聞いていた。
「あー、そうか。
あんたたちって入れ違いだったわよねー」
と克子が笑う。
「めぐるが引っ越したあと、田中くんが転入してきたから」
「ああ、一人減ったから、一人補充されたみたいな」
とめぐるは言って、
「いや、何処から?」
と田中何某に冷静に突っ込まれる。
この男……。
同じクラスにいたら、きっと仲良くなかっただろうな、とめぐるは思った。
そのうち、それぞれに分かれて話しはじめた。
田中がお手洗いにか立ち上がったあと、そちらを見ながら、清水が言った。
「まあ、今日は触れないでおいてやろう」
「そうだな」
と近くにいた、みんなが頷き合う。
なんだろう。
田中さん、なにか嫌なことでもあったのかな?
と思ったが。
まあ、みんなが触れないでおこうと言っている話題なので、突っ込んで訊くのもな、と思っためぐるは、訊くチャンスがあったのに、訊かなかった。
田中はお手洗いから出て廊下を歩いていた。
何処もかしこも開け放してあるので、あちこちの部屋の笑い声が響いてちょっと騒がしいが。
川からの風が気持ちいい。
自分と入れ違いに、あの、めぐるとかいう転校していった生徒……
いや、転校していったのは、ずいぶん昔のようなのだが――
が廊下に出ようとしていた。
こちらに気づき、あ、どうもどうも、という感じに、へこへこして去っていく。
よく見れば綺麗な顔をしているのだが。
何故か、ヘラヘラしている、という印象しか残らない。
軽く頭を下げて、席に戻ると、みんながめぐるの後ろ姿を見ながら言っていた。
「まあ、今日は触れないでおいてやろう」
「そうだね」
とみんなが頷き合う。
なんだろう。
あいつ、なにか嫌なことでもあったのだろうか?
と思ったが。
あんまり人のことには首を突っ込まない性格なので。
田中も、
「なんの話だ?」
とか訊いてみたりはしなかった。
「ところで、田中さん、お名前は?」
ふたたび、隣りに座った田中にめぐるは訊いてみた。
「……田中一郎だ」
「偽名ですか?」
「本名だ。
全国の田中一郎さんに謝れ」
「それか、免許証とかの見本?」
「あれ、日本太郎とか、日本花子とかじゃね?」
と田中の隣から清水が言う。
――酒の席とはいえ、ちょっと失礼なことを言ってしまったかな。
あと、人にだけ名乗らせるのもよくないな、と思っためぐるは自分も名乗ってみた。
「天花めぐるです」
ぺこりと頭を下げる。
「すごい名前だな……」
と田中が呟く。
「そうなんだよ。
天下が巡ってきそうだろ?
お前、婿養子に入ったら?
……あ」
なんだかわからないが、清水は、余計なこと言っちゃったな、という顔をする。
その横に知らない女の子が座っていて、莫迦ね、というように、清水を肘でつついていた。
「あの~、清水の彼女さんですか?」
「戸田よっ。
あんたの友だちの戸田夏華!」
「えっ?
顔が違う」
「この素直すぎる酔っ払い、誰か連れて帰れ~っ」
「酔ってないよ」
余計悪いわっ、と夏華に怒鳴られた。
「いやでも、メイクの上手い女の子って、全然変わっちゃいますよね~。
夏華は昔、ベリーショートで、部活でオラオラッて感じだったのに」
何故か田中に送られながら、めぐるは言った。
いや、何故かもなにも、二人とも二次会に行かなかったからなのだが。
途中で帰るのは残念だが、明日の仕事もある。
この『田中一郎』もそうなのだろうか?
とめぐるは田中をうかがい見た。
――まあ、これ以上残っていても、どうせみんな、かなり酔ってるから。
誰が残っていて、なにを話したかとか。
明日には覚えてなさそうだしな~。
街の明かりが川に映って揺れているのを眺めながら、二人は川沿いの道を帰った。
風情ある通りをいい雰囲気で歩いているように傍目には見えるかもしれないが。
ふたりとも全然、関係ないことを考えていた。
会話が止まっていたことに、ふと気づいたらしい田中がさっきの話題を掘り返してくる。
「大丈夫だ。
俺も女子はほぼ全員、顔を見ただけではわからない。
あいつら、常にリノベーションしてくるからな」
建築物かなにかのように女性の顔を言う。
まあ、どんどん良くなってるのなら、いいことではないだろうか。
っていうか、ひとつ話して次の会話が来るまで、長考するな、この人……。
「顔で判断できないのなら、なにで判断してるんです?」
「声としゃべり方かな」
それはそれですごいですね、と言ったところで、自分の住まいに着いたことに気がついた。
「では、ここで。
ありがとうございました」
と頭を下げる。
田中がその川沿いの古い建物を見上げた。
「ここに住んでるのか」
「はあ。
こういうとこ、住んでみたかったんで」
家の中から釣りができる二階建ての長屋、みたいな賃貸物件だ。
「涼しそうだな」
「結構湿気、ありますけどね」
ではでは、お元気で、ともう会うこともないかもしれない田中に頭を下げた。
いや、またクラス会があれば会うかな。
10年後くらい?
ハレー彗星よりは周期短いな、と思いながら、めぐるは田中と別れ、階段を上る。
部屋の中に入り、窓を開けるとひんやりとした川辺の匂いが風とともに吹きつけてくる。
うん。
夏の終わりにこれは気持ちいいな。
……冬はどうなるんだろうな。
住み始めたばかりだからわからないな、と思いながら、めぐるは開けた窓のところに腰かける。
川を眺めていると、街灯に照らし出された水色の橋を田中が渡っていくのが見えた。
99
あなたにおすすめの小説
OL 万千湖さんのささやかなる野望
菱沼あゆ
キャラ文芸
転職した会社でお茶の淹れ方がうまいから、うちの息子と見合いしないかと上司に言われた白雪万千湖(しらゆき まちこ)。
ところが、見合い当日。
息子が突然、好きな人がいると言い出したと、部長は全然違う人を連れて来た。
「いや~、誰か若いいい男がいないかと、急いで休日出勤してる奴探して引っ張ってきたよ~」
万千湖の前に現れたのは、この人だけは勘弁してください、と思う、隣の部署の愛想の悪い課長、小鳥遊駿佑(たかなし しゅんすけ)だった。
部長の手前、三回くらいデートして断ろう、と画策する二人だったが――。
後宮に咲く毒花~記憶を失った薬師は見過ごせない~
二位関りをん
キャラ文芸
数多の女達が暮らす暁月国の後宮。その池のほとりにて、美雪は目を覚ました。
彼女は自分に関する記憶の一部を無くしており、彼女を見つけた医師の男・朝日との出会いをきっかけに、陰謀と毒が渦巻く後宮で薬師として働き始める。
毒を使った事件に、たびたび思い起こされていく記憶の断片。
はたして、己は何者なのか――。
これは記憶の断片と毒をめぐる物語。
※年齢制限は保険です
※数日くらいで完結予定
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
溺愛のフリから2年後は。
橘しづき
恋愛
岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。
そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。
でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる