同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました

菱沼あゆ

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知らない人がとなりにいます……

絶望のタヌキ

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 この人、何者なんだろうな?

 道を歩きながら、めぐるがじっと見上げると、田中は、それに気づいて振り返った。

 目を合わせた瞬間、顔をしかめ、ぼそりと呟く。

「絶望のタヌキ……」

 は?

「お前の目、死んでるな……」

 なにその、キサマはもう死んでいる、みたいなの、
とめぐるが思ったとき、田中はいきなり、自問自答しはじめた。

「いや、人は自分を映す鏡だと言う。
 もしや、これは俺が自分に絶望しているだけなのか……?」

「それだと、あなたと会う人、みんな、絶望のタヌキになってしまうんですけど」

 っていうか、絶望は心当たりあるけど、タヌキはないんですけどっ、
とか思っている間に、もう着いたようだった。

 


「近いですね」

「なんかお前のおばあさんのお店に近いから、ここに移転してきたようだぞ」

 移転?
 なにがこの町にやってきたんだ? と思いながら、めぐるは見上げる。

 看板もない古い小さなビル。

 ここ、取り壊すとか言ってなかったっけ?
と思ったとき、どやどやと若い男たちがコンクリートの階段を下りてきた。

「あ、来た来た。
 オムライスーっ」

 そう叫んだのは、ちっちゃな子どもたちではなく、彼らだった。

「あ、可愛いお姉さん。
 配達ありがとねー」

「ありがとねー」

「あ、中身貸して、持つよ。
 ありがとねー。

 ……一郎、お前は自分で持てよ」
と言いながら、彼らを料理をさらい、わーっと行ってしまった。

 田中がこちらを振り返り、一応、という感じで頭を下げていく。

 お金はもうもらっていたので。

 ひとり道に取り残されためぐるはビルを見上げ、小さく呟いた。

「……毎度あり」
 

 夜、店が閉まったあと、めぐるは高校生の弟、雄嵩ゆたかと居間でゲームをしていた。

 高校に通うのに近いので、雄嵩は百合香のところに下宿している。

 画面を見たままめぐるは言った。

「今日さー、絶望のタヌキだって、死神に言われたんだけど」

「なにそれ、ネットゲームでもはじめたの?」

 ゲームに集中しているらしい雄嵩はそんな適当な返事をしてくる。

 まあ、絶望とか死神とか。
 確かにゲームっぽいな、とめぐるも思う。

「ニセモノの死神らしいよ」

「意味わかんないんだけど。
 まだ病んでんの?」

 どうでも良さそうに画面を見つめ、雄嵩は言う。

「……病んでません。
 なんかこう、張り詰めてたものがぽよ~んっと切れたっていうか」

「すごい呑気な感じの切れ方だね」

 いや、ほんとうに、そんな感じだったのだ。

 ぽよ~んっというか。

 びよよ~んっというか。

 張り詰めていた糸がふいに切れて、なにもかもが面倒くさくなってしまったのだ。

 そう訴えてみたが、

「え?
 なにもかもが?

 スマホゲームに忘れずログインしてはアイテム回収してるのに?」
と指摘されてしまう。

「雄嵩、こう見えて、おねえちゃんは繊細なのよ。
 イケメンの死神に、絶望のタヌキとか言われちゃったけど」

 絶望のタヌキッ、とようやくその単語が頭に入ったらしい雄嵩は笑い出す。

「絶望はわかんないけど、タヌキっぽいよねっ」

 ……私は、タヌキの部分がわからないと思ったのだが。

「あ、負けた。
 帰ろう。

 癒されに、川沿いのおうちに」
とめぐるは立ち上がる。

 雄嵩はめぐるを見上げて言った。

「あ、そうだ。
 おとーさんが日曜来いって」

「え?」

「お店手伝って欲しいらしいよ」

 ……大人気だな、絶望のタヌキ。

 こっちへ帰ってきた途端に、あちこちのお店を手伝えと言われ、引っ張りだこだった。

 心を癒しに帰ってきたはずなのに、と思いながら、帰ろうとしたとき、百合香に、

「夜食に持って帰りな」
とほこほこのチャーハンを渡された。

 太るな~と思いながらも、顔は、にまにま笑ってしまう。

 ラップが熱気でくもったチャーハンを大事に抱いて帰った。

 


 和菓子屋に絶望のタヌキがいるんだが……。

 田中は仁風堂という店名が入ったガラス越しに店内を見ながら固まっていた。

 ショーケースの向こうにいる絶望のタヌキは色のない目でスマホを見ている。

 せめて、商品を見ろ、
と思ったとき、めぐるが顔を上げた。

 こちらの姿に気づき、
「いらっしゃいませー」
と覇気のない声で言う。

 仕方がないので、ガラガラと木枠の重いガラス扉を開けると、めぐるは流れるように言ってきた。

「いらっしゃいませ。
 こちらでお召し上がりですか?」

 いや、ハンバーガー屋か、と思ったが。

 まあ、確かに端にイートインスペースもあるようだった。

 こちらの顔を見、
「ここ、オムライスはありませんよ」
と言う。

「……和菓子を頼みに来たんだ」

 毎度毎度、どこの使いっ走りなんだ、という顔をめぐるはしていた。

「端から10個ほど詰めてくれ」

「了解です」
と店員らしくない返事をし、屈んで商品をとろうとするめぐるに田中は訊いてみた。

「お前、食堂の店員じゃなかったのか」

「ああ、
 あれは、おばあちゃんちを手伝ってるだけです」

「この店は?」

「実家を手伝ってるだけです」

 意外に手早く箱に詰めためぐるは、蓋を閉めながら、考える風に言う。

「そういえば、この店とおばあちゃんの店、結構距離があると思うんですが。
 死神さんは、どちらにお住まいなんですか?

 ……あ~、すみません。
 個人情報ですよね」

「いや、どっちも家からは近くない。
 師匠に頼まれて来ただけだ」

「死神さんのお師匠様……?
 あ、さては、落語家ですね?」

 死神が一人歩きしている……。

 お前、落語の「死神」から思いついたな。

「違う」
と言うと、

「あ、そうなんですかー」
とめぐるはすごく適当な返事をしたあとで、

「まあ、あれですよね。
 死神さん、今風のイケメンだから、着物とかあんまり似合わないですかね?」
とさらに適当なことを言う。

 ……着物似合わないと落語家になれないのか。

 落語家じゃないが、俺も仕事でけっこう着てるんだが。

 実は似合っていないのだろうか、と不安になる。
 


 週末なので、雄嵩は部活が終わったあと、実家に帰ってきていた。

 友だちも一緒だ。

 姉、めぐるが店にいると聞いたので、ついて来たようだ。

「いいよな、お前のねーちゃん。

 美人だし。
 料理も上手いんだろ?」

「料理?
 上手いかどうかは知らないな。

 あんまり作ってもらったことないから」

 ええっ?
 そんな莫迦なっ、と友人、武田充則みつのりは驚くが。

 いや、ほんとうだ。

 あの人がご飯とか作ってるの、ほとんど見たことがない。

 いや、待てよ。
 親がいないときに、お昼にホットケーキ焼いてくれるとかはあったか。

 ……ホットケーキ。

 まあ、ご飯といえば、ご飯かな。

 あとはドーナツとか。

 ドーナツ……

 ご飯か?
と思ったとき、ガラガラと店の戸を開け、若い男が出てきた。

 和菓子の入った白い箱を手にしている。

 端正な顔をしたその男がこちらを見た。

 緊張して雄嵩は立ち止まる。

 充則も少し遅れて息を呑んだ。

 二人でぺこりと頭を下げると、彼もまた少しいぶかしげな顔をしながらも、下げてきた。

 そのまま行ってしまう。

 後ろ姿を見送ったあと、雄嵩は慌てて店の扉を開け、飛び込んだ。

「姉貴っ。
 今の人、うちに菓子、買いに来たのっ?

 なんでっ?」

「えっ? なんでって……
 和菓子屋だからでは?」

 姉にしては珍しく、そりゃそうだ、という答えが返ってくる。

「お母さーん、大和芋いっぱい使ってるやつ、売り切れたー。
 左から2番目のやつー」

 そう言いながら、めぐるは奥に入っていって、

「いい加減、商品名覚えなさいっ」
と怒られていた。
 



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