同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました

菱沼あゆ

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そんなメニューはありません

見てはいけないモノを見てしまった

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 月曜日。

「田中、なに食べる?」

 昼前に将棋クラブに来た健がそう訊いてくる。

「今日はお弁当にしようかって師匠と明田あきたさんが」

 明田さん、誰だ、と思ったが、よく入り浸っている近所のおじいさんだった。

 何故かよく師匠と囲碁を打っている。

 次はチェスでも打ち出すのだろうか、と思いながら、田中は言った。

「いや、俺はいい」
「どこか食べに行くの?」

「ちょっと近くに」

「あ、わかった。
 めぐるんちゃんとこのオムライスだね」

「……いや、チャーハンとラーメンだ」

 若林がチャーハンチャーハンうるさかったので、チャーハンとラーメンが頭をぐるぐる回って離れない。

「師匠に睨まれるぞ」
と健は言う。

 師匠はこよなく百合香のオムライスを愛しているので、弟子や元弟子たちに勧めてくるのだ。

 なので、この間も誰かが、
「破門されても食べたいですっ」
と押し切って、半チャーハンとラーメンを頼んでいたが。

 基本、みんなオムライスにさせられていた。

「そうかー。
 まあ、邪魔しちゃ悪いから、ついて行かないておいてやるよー。

 俺、海鮮丼にしよう」

 健は電話でみんなの分を注文したあと、途中まで一緒に歩いたが、弁当屋のところで、

「じゃあね~」
と別れる。
 


 まだ2度しか来ていないのに、なんとなく懐かしい感じのする食堂のガラス戸を開けると、もう満員だった。

「あっ、田中さんっ。
 お疲れ様です~」
とめぐるが言ってくる。

「忙しそうだな、手伝おうか」

 とんでもないです~、と言いながら、めぐるは料理を運んでいた。

「ママー、おなかすいたー」
と小さな男の子が椅子で足をぱたぱたさせている。

「ごめんね。
 もうちょっと待ってね~」
と言ったあとで、めぐるは、

「あ、そうだ。
 これ、あげるよ。

 私が作った――」
とエプロンのポケットからなにか出そうとする。

 まさか、菓子かっ?
 スランプ中なのにっ、
と思ったが、めぐるがポケットから出してきたのは、折り紙だった。

「ありがとう、めぐるちゃんっ」
とその子はめぐるが作ったパッチンカメラで遊んで待っていた。

 その親子のところに、やがて、料理が来る。

 離乳食を食べている女の子を膝に抱えた母親は唐揚げ定食、息子はオムライスだった。

 師匠と話が合いそうだ、とその子を見ていたが。

 そのうち、母親が食べている甘辛ダレのかかった熱々の唐揚げが気になりはじめた。

 大きすぎず、小さすぎず、食べやすそうなサイズ。

 ねっとりと茶色いタレの上のネギの緑が鮮やかだ。

 なんて、ほかほかの白ごはんに合いそうなおかずっ。

 そこで、母親が言う。

「あ~、嬉しいっ。
 もうずっとこれ、食べたくてさーっ。

 絶妙な甘辛ダレがしみしみでたまらないわっ。
 お店で揚げたて熱々を食べたかったのよっ。

 やっと来れたよ、めぐるちゃん~っ」 

「子育て、大変そうですね……」

「そうよー。
 お洒落なカフェとか、今のうちに行っときなさいよー。

 しばらく行けないからっ」

「いやいや、特に結婚する予定も出産する予定もないんで」

 はは……と笑いながら、めぐるはカウンターの端に座っていた自分のところに注文をとりに来た。

「すみません。
 まだ訊いてなかったですね。

 なにになさいます?」

 壁には短冊型のメニューがたくさん貼られている。

 いい感じに変色しているメニューを見ながら、田中は悩む。

「今、見てはいけないモノを見てしまったからな」

「は?」

 絶対に、半チャーハンにラーメンと心に決めていたのに。

 今、すごくおいしそうな唐揚げを見てしまったっ。

 田中を壁のメニューを見つめたまま、
「もうちょっと迷うから、暇になってからでいいぞ」
と言う。

 了解です~と言いながら、めぐるは行ってしまった。

「迷いますよね~。
 どれもおいしいですよ~」
とさっきの母親が、さらに迷わせるようなことを言って笑う。

 

 初志貫徹だ。

 田中はカウンターに並んだチャーハンとラーメンを前に、そう思っていた。

 ――いや、正確には違うな。

 あのあと、横に座っていたおじさんがすごくおいしそうにチャーハンを食べていたので、半チャーハンをやめて、チャーハンにしてしまったのだ。

 ラーメンのスープは澄んだ醤油味で。

 麺は綺麗な細麺。

 煮卵とチャーシューとメンマはスープとは逆に、ちょっと味付けが濃くておいしかった。

 そして、絶妙にチャーハンと合うっ。

 このメニューにしてよかった。

 今日の俺の選択は正しかった。

 あとで師匠に知れて、なんでオムライスにしなかったんだ、となじられても、心折れないくらい、俺はこのラーメンとチャーハンに満足している。

 対局で勝利を得たときと同じくらいの気持ちで、おのれの選択に満足しながら、田中は汁を飲み干し、チャーハンの皿をカラにした。

 めぐるが冷たい水をグラスに足してくれながら言う。

「遅くなってすみませんでした。
 田中さん、お忙しいんじゃないんですか?」

 もう客も少なくなっているので、話す余裕が出てきたようだった。

「いや……普段はなにも忙しくないから」

 忙しいのは常に頭の中だけだ。

 それも、ここしばらく、ぽかっとなにかが抜けたようになっている。

 スランプだと聞いたが。
 こいつもそうなのだろうか、とめぐるを見つめてみたが、彼女はメニュー短冊を眺めながら、

「いつも思うんですよ。
 これ、笹とかにぶら下げてみたらお洒落かなって」
としょうもないことを言って、即行、

「見えにくいだろうがっ。
 莫迦なこと言ってないで、配達行ってきなっ」
と百合香に怒られていた。

 


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