同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました

菱沼あゆ

文字の大きさ
8 / 44
そんなメニューはありません

田中からの依頼

しおりを挟む
 

 おかもちを持っためぐるとともに、田中も店を出る。

 めぐるの細腕におかもちが重そうで、
「配達、手伝おうか」
とつい訊いてしまう。

「いえいえ。
 これが仕事ですので」
とめぐるは笑うが、

「ちょっと話したいから、配達手伝わせてくれ」
と田中は頼み込んだ。

 

 ……ちょっと話したいことってなんだろうな。

 なんか怒られるのかな?

 おかもちを田中に奪われながら、めぐるは不安になる。

 チャーハン、量が少なかったぞ?

 たいした店でもないくせに、いつまで待たせるんだ?

 麺がちょっと伸びてたぞ?

 それ、私じゃなくて、おばあちゃんに言ってくださいっ!
と田中じゃなくて、まず、百合香に、

「なんだって、めぐるっ。
 もういっぺん言ってみなっ」
と怒られそうなことを想像しながら待ち構えていたが、全然違う話だった。
 
「お前に、スランプ仲間として、ちょっと訊いてみたいんだが」

 あ、なんだ、その話か、とホッとしたが。

 みんなが尊敬する田中様の参考になるような話が私にできるだろうか、とまた不安になる。

「お前、スランプ脱出のためになにかやってるのか?」

「えーとですね。
 そんなたいしたことはしてないんですけど。

 環境変えた方がいいかなと思って、住むとこを変えてみたり。
 普段行かないような店に行ってみたり。

 違うジャンルのものを作ってみたり――

 とかですかね?」

「住まいまで変えてみたのか」

「あの川沿いの長屋ですよ」

「そういや、あのとき、こういうところに住んでみたかったとか言ってたな」

「そうなんです。
 日本に帰ってきたとき、実家でもおばあちゃんちでもなく、全然違う場所に住んでみようかなと思って、いろいろ探してみたんですよ」

 めぐるはそこで、思い出して笑う。

「そういえば、クラス会のあと、田中さんに送ってもらって帰ったとき、田中さんと次に会うのは10年後くらいかなとか思ってたんですよね」

「……なにを根拠に10年後」
と田中が呟く。

「そのくらいにまたクラス会があるかなと思ってたんですけどね。

 ……考えてみたら、我々、みんなに気を使わせちゃってましたよね」

「そうだな。
 みんなが触れないでおこうって言ってたのは、我々のスランプのことだったんだな」

 なんで、こんな爆弾2個も抱えてクラス会やったんだろうな、と田中は言うが。

 クラス会のお知らせが来たのは、三ヶ月前。

 そのときはまだ、二人とも絶好調だったので、みんな楽しい話でも聞かせてもらおうと思っていたのに違いない。

「……申し訳ないことをしてしまいましたね」
と二人、そのことに思い当たり、反省する。

 


「えっ?
 今日、夜、めぐるんのとこに行くの?」

 田中が古ビルの将棋クラブに戻ると、いろんな弁当の匂いが混ざったいい匂いがしていた。

 だが、俺の食べたラーメンの匂いがダントツに美味そうだ、と田中はここでまた、本日のおのれの決断は間違いなかったと確信する。

「帰りにちょっと寄るだけだ。
 川……」

 川沿いの家をもう一度、見せてもらおうかと思って、と健に言いかけてやめる。

「へえー、そんなところに住んでるんだー。
 俺も見てみたいな~」
と健が言い出しそうな気がしたからだ。

 なんで、健がそう言ったら嫌なんだろうな、と田中は心の中で、ひとり分析してみる。

 きっと、大勢で行ったら、あいつの迷惑になると思うからだな、と結論づけた。

「川……沿いを歩いていったら、いつか着くと聞いた」

「なにその、変な予言か、宝の地図の暗号みたいなの」

 ほんとうに着くの? と言われてしまう。




 ……無事に着いた。

 よかった。

 川に映る灯りが綺麗な通りを歩き、めぐるの住む長屋が見えたとき、田中は、ほっとしていた。

「川沿いを歩いていったら着くって、なにそれ。
 しつこく家訊いたから誤魔化されたんじゃない?」
と健に言われたからだ。

 よく考えたら、『川沿いを歩いていったら着く』というのは自分が適当に言った言葉だったし。

 前にも来たことあったので、家がないわけもないのだが。

 ふと、不安になったのだ。

 安易に訪ねてみてもいいかと訊いてしまったが。

 よく考えたら、年頃の女性の家。

 絶望のタヌキの住処すみかだとしか自分は思っていなかったが。

 簡単にそんなことを訊いていけなかっただろうかと心配になった。

 まあ、めぐるは、
「ほんとうですか?
 いや、ぜひ、見に来てくださいっ。
 お気に入りなんですよ、あの家っ。

 あと半年で取り壊されるらしいんですけどっ」
と喜びながら、とんでもないことを言っていただけだったが――。

 もうすぐなくなる長屋なので、消える前に誰かに見て欲しかったらしい。
 


 めぐるが見て欲しいというだけのことはある。

 月明かりに照らし出された二階建ての長屋は風情があるし。

 すぐ側の川に、窓から釣り糸を垂らしたりしたら、楽しそうだ。

 そう田中が思ったとき、2階の窓からめぐるが顔を覗かせた。

「あっ、田中さん」
と手を振ってくる。

 いや、振らなくていいし。
 身を乗り出さなくていい。

 あっ、とか言って、今にも川に落ちそうなキャラだから、と木製の手すりに手をかけているめぐるを見て、ハラハラする。

「すぐ行く。
 そこから動くなっ」

 今まさに犯人を確保しようとしている警察のように、田中は叫んだ。

 


「まあ、どうぞどうぞ」

 女子が一人暮らしするのには、ちょっと頼りない感じの古い木のドアをめぐるが開けた。

 入ってすぐのところが階段になっていて、そのまま2階に上がる。

 ぎしぎし言う階段の先の部屋は、窓を開け放っているせいで、涼やかな川風が吹き渡っていた。

「気持ちのいい部屋だな」

 窓から対岸の街並みを見ながら田中は言う。

「あ、晩ご飯食べました?」
「一応、食べたが」

「今、夜食におむすび作ったんですよ。
 いかがですか?」

「……ありがとう」

 意外に気の利くやつだな、と思いながら、小皿にのった小さなおむすびをひとつ受け取る。

 が、結び方がゆるかったのか、形が崩れて、おむすびの中に指を突っ込んでしまった。

「おっと」
と言うと、

「あ、すみません。
 中まで指入っちゃいましたね。

 除菌のティッシュとかあげればよかった。

 あ、あった。
 はい」
とめぐるが除菌ティッシュをくれた。

「……いや、もう、指突っ込んでるんだが」

 おむすびを拭けと言うのか……。

 なんだか不思議なテンポのやつだ、と思うが。

 自分も人にそう言われたりするので、似たようなもんかなとも思っていた。

 二人それぞれ空いている窓枠に腰掛け、川を見ながら、静かにおむすびを食べた。

 ……不思議な時間が流れているな、と変わっていると言われる自分でさえ、思う。
 


 その頃、めぐるは、ちょっぴり悩んでいた。

 おもてなしって、なにしたらいいんだっけ?

 昔は、お客様がいらしたら、お菓子作ってもてなしたりもしてたけど。

 今はそういう気分でもないし。

 そうだ。
 万人に愛されるおむすびでも作ろう、と思って作ってみたが、やはり、お菓子以外のセンスはいまいちのようだった。

 結び方が悪かったようで、田中はおむすびを崩してしまいながら食べている。

「味はいいぞ」
と気を使ってか言ってくれた。

「ありがとうございます。
 まあ、こうして、川を眺めながら食べていると、なんでも美味しく感じますよね。

 たまにイタリアっぽい曲とか流しながら、パスタを食べたりするんですよ」

 何故、イタリア!? という目で田中が見る。

「目を閉じて、川の空気を感じていると、すぐ側をゴンドラが渡っていく気がするんですよ」

 ゴンドラ!? と田中は今度は川を下っていく屋形船の方を見た。

「……いや、そういう気分で食べているというだけなんで」

 今日、何度、この人に目を見開かれただろう、とめぐるは思う。

 おむすびを除菌で拭かせようとしたところから……

 いや、違うな。

 メニューを笹に吊るそうとしたとこからか。

 めぐるがそんなことを考えている間、田中は黙って灯りのついた屋形船を目で追っていた。

 ふいに口を開く。

「俺もお前のように、おおらかだとよかったんだろうが。

 ……いや、お前もスランプだということだから、繊細な部分も、きっとどこかにあるんだろうが」

 砂漠の果てまで探しに行ったらあるかな、くらいの感じで田中は言う。

「……細かいことが気になって、対局に集中できなくなっていったんだ」

 そんな告白を田中ははじめる。

「あるとき、おやつに綺麗な季節の和菓子を頼んで――」

 そういや、棋士の人が対局中に食べるもの、美味しそうなのが多くて、よく話題になってるみたいだな、とめぐるは思う。

 テレビはあまり見ないし。

 今までよく知らなかったのだが。

 田中が天才棋士だと聞いてから、たまに、ワイドショーなどで、将棋の話題をやっていると、見てみたりしている。

「これ、なんでできてるんだろう。
 どんな型に入れて作ったんだろう。

 こういう菓子をどんなときに思いつくんだろうとか、いろいろ考え出して、集中できなくなったり」

「よっぽど、綺麗なお菓子だったんでしょうね」

「いや、前は、どんな菓子や料理が出てきても、そんなことは思わなかったんだ。

 集中力が続かなくなってるだけだと思う」

 田中はあくまでも、自分に厳しい。

「そのうち、注文票やお品書きを見ただけで、いろいろ想像してしまい、気になるようになった」

 だから、頼んでも頼まなくても一緒だなと思って、結局、頼んでいる、と田中は言う。

「脳のために、糖分は補給したいしな。
 でも、時折、思うんだ――。

 見ても食べても、なにも感じない菓子がどこかにないだろうかと」

 ……いや、そんなお菓子はありません。


 

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

OL 万千湖さんのささやかなる野望

菱沼あゆ
キャラ文芸
転職した会社でお茶の淹れ方がうまいから、うちの息子と見合いしないかと上司に言われた白雪万千湖(しらゆき まちこ)。 ところが、見合い当日。 息子が突然、好きな人がいると言い出したと、部長は全然違う人を連れて来た。 「いや~、誰か若いいい男がいないかと、急いで休日出勤してる奴探して引っ張ってきたよ~」 万千湖の前に現れたのは、この人だけは勘弁してください、と思う、隣の部署の愛想の悪い課長、小鳥遊駿佑(たかなし しゅんすけ)だった。 部長の手前、三回くらいデートして断ろう、と画策する二人だったが――。

後宮に咲く毒花~記憶を失った薬師は見過ごせない~

二位関りをん
キャラ文芸
数多の女達が暮らす暁月国の後宮。その池のほとりにて、美雪は目を覚ました。 彼女は自分に関する記憶の一部を無くしており、彼女を見つけた医師の男・朝日との出会いをきっかけに、陰謀と毒が渦巻く後宮で薬師として働き始める。 毒を使った事件に、たびたび思い起こされていく記憶の断片。 はたして、己は何者なのか――。 これは記憶の断片と毒をめぐる物語。 ※年齢制限は保険です ※数日くらいで完結予定

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

溺愛のフリから2年後は。

橘しづき
恋愛
 岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。    そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。    でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

前世で孵した竜の卵~幼竜が竜王になって迎えに来ました~

高遠すばる
恋愛
エリナには前世の記憶がある。 先代竜王の「仮の伴侶」であり、人間貴族であった「エリスティナ」の記憶。 先代竜王に真の番が現れてからは虐げられる日々、その末に追放され、非業の死を遂げたエリスティナ。 普通の平民に生まれ変わったエリスティナ、改めエリナは強く心に決めている。 「もう二度と、竜種とかかわらないで生きていこう!」 たったひとつ、心残りは前世で捨てられていた卵から孵ったはちみつ色の髪をした竜種の雛のこと。クリスと名付け、かわいがっていたその少年のことだけが忘れられない。 そんなある日、エリナのもとへ、今代竜王の遣いがやってくる。 はちみつ色の髪をした竜王曰く。 「あなたが、僕の運命の番だからです。エリナ。愛しいひと」 番なんてもうこりごり、そんなエリナとエリナを一身に愛する竜王のラブロマンス・ファンタジー!

処理中です...