同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました

菱沼あゆ

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過去最高の難問

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 おいしかろうが、まずかろうが。

 見た瞬間になにも思わないお菓子なんてない気がする、と思うめぐるに田中は言った。

「お互い、立ち直るのに、なにかのきっかけが必要だ」

 それはそうですね。

「……天花めぐる。

 お前を天才パティシエと見込んで、頼みがある」

 いや、もうお菓子づくりはやめて帰ってきちゃったんで、元パティシエなんですけど……。

「俺の心に響かない菓子を作ってくれ」

 なんの感慨も感動も与えない菓子を作ってくれと田中は言う。

「……む、難しすぎます」

 過去最高の難問かも、とめぐるは思った。
 
 

 なんだかんだで引き受けてしまった。

 だが、心を無にして、食べる人も無になるお菓子を作ってみるのは悪くないかもしれない、とめぐるは思う。

 らしくもなく高評価を得て、コンテストで優勝しつづけてしまったせいで、自分を見失ってしまっていたところもあるからだ。

「いい評価を受けようとか。
 人の心を動かそうとか思わないようにしよう。

 目指せ!
 食べた人の心を無にするお菓子!」

 そう準備中の店でめぐるが叫ぶと、カバンとスポーツバッグを手にした登校前の雄嵩が言う。

「作ったことあるじゃん。
 人の心を無にする料理なら」

 いや、お菓子だってば、とめぐるは振り向く。

「ああ、あれか」
と百合香もカウンターから、こちらを見る。

「お好み焼き」

 二人同時に言ってきた。

「お前のお好み焼き、まずい」

「どうやったら、ああなるんだ。
 天才パティシエール」

「混ぜなさすぎたのかなあ?」

「そういう問題じゃない。
 あれ食べたときのばあちゃんの顔、無だったよ」

「お前もな」
と百合香が雄嵩に言う。

「いや、顔が無になりたいんじゃなくて、心が無になりたいんだけど」

「心が無だから、顔も無になったんだよっ」
と雄嵩は激昂する。

 いや、どんだけまずかったんだ、と思ったが、

「まずいっていうか。
 味がない?

 なんの感慨もない?
 あれ?
 俺、味覚おかしくなったかな、みたいな」
と雄嵩は美味しいものを食べたときよりも熱く語り出す。

 ほうほう、とめぐるはメモをとろうとして、

「なにおのれの過去の失敗を参考にしようとしてるんだっ。
 そんなモノ、田中様に食わせるな~っ」
と叫ばれる。

「ところで、あんた、なんでスポーツバッグ持ってってんのよ、学校に」

 めぐるはカバンとともに雄嵩が持っている、つるっとした素材のスポーツバッグを見て言う。

「中学の部活で使ってたこれが一番サイズ感がいいサブバッグなんだよ」

「だから、運動部だと思ってたんじゃん。
 なに?
 将棋盤とか、着物とか入ってんの?」

「着物入ってるわけないだろ。
 あと、将棋盤は学校だ。

 これはスポドリだよ」
と雄嵩はバッグを開けてみせる。

 クーラーバッグに入ったスポーツドリンクとタオルが入っていた。

「いや、どの辺が囲碁将棋部の荷物なのよ」

「暑いんだよ、クーラーきいててもっ」
と言いながら、

「いってきますっ」
と雄嵩は出ていく。

 いってらっしゃーいと見送りながら、店の前を掃除しようとしたとき、向こうから田中がやってきた。

「あ、田中さん。
 おはようございます」
と言ってみたが、田中は考え事をしているようで、そのまま歩いていってしまう。

 あの状態で道歩くの危なくない?

 棋士って普段から、あんななの?

 正気のときもあるみたいだけど。

 ああいう人の心を無にするの難しそうだな。

 とりあえず、田中の散歩(?)が無事に終わることを祈りながら、見送った。
 


 まだ洋菓子は抵抗あるから、和菓子を作ってみようっと。

 翌日、実家で作った和菓子を持って、めぐるは食堂に来ていてた。

 田中が散歩で横切るかなと思って、チラチラ店の前をうかがっていたのだが、来ない。

 別にここが散歩のコースというわけでもないのかな。

 そもそも、毎日、散歩するわけでもないのかな。

 腐ったら困るから、将棋クラブにでも持ってってみようかな、と思っていると、昼に田中と師匠たちがやってきた。

 何故か弟子たちは、師匠にチャーハンとラーメンを勧めている。

「いや、絶対、おいしいですってば」

「私はね、ここのオムライスを食べるために、引っ越してきたんだよ」

 そうなんですか、と思いながら、席に案内する。

 まだ混み始める前なので、比較的空いていた。

 水を持って行っためぐるの後ろから百合香が言う。

「言っても無駄だよ。
 この人は、いいと思ったら、ずーっと同じものを食べ続けるんだから。

 変わり者だから、棋士なんてやってんだよ」

 いやいや、おばあちゃん、ここにいる人、みんな棋士なのでは?

 まあ、妙なこだわりのある人が多そうだけど、田中さんとか、と思ったのだが。

 田中と師匠以外は、趣味でやっている人らしかった。

 師匠とおじいさんがオムライス。

 田中と健という、ちょっとチャラめの若い人がチャーハンとラーメンだった。

「いらしてくださって、よかったです」
と食べ終わった彼らにめぐるは言う。

「田中さんに頼まれていたお菓子の試作品ができたので。
 みなさん、いかがですか?」

 ほう、と師匠がめぐると田中を見る。

「対局のとき、出して欲しい菓子か?
 最近、気が抜けたようになっていたが、やる気になったのか」
と田中に訊いている。

「なんの感慨も覚えないようなお菓子を作ってくれと言われたので」

「えっ?
 有名なパティシエになに頼んでんの?」
と健が田中を振り返る。

「美味しいと思われたいとか、お客様に喜んで欲しいとか思わずに作ってみました」

 全員が、そんな菓子はどうなんだ、という顔をする。

「私のストレートな気持ちを表してみました」

 コト、とめぐるはみんなの前に、大きな陶器の皿に入った四つの黒いかたまりを置いた。

「なにこの、地面に叩きつけられて、飛び散ってる最中の泥みたいなの」
と健が身を乗り出して見る。

「どちらかと言うと、燃え盛る黒い炎みたいに見えますけどね」

 そうめぐるが言うと、

「……なに他人事ひとごとみたいに言ってんだ」

 お前が作ったんだよな?
と田中に確認される。

 炎のような形の黒いねりきりだ。

「黒い火焔型土器というか」

「そんな繊細な作りか……?」

 火焔型土器は、燃え盛る炎のような美しい装飾の縄文土器だ。

「タイトルは『慟哭』です」

「いや、慟哭されても……」

 心を動かすなと言ったろう、と言われる。

「お客様に対するこびもなく作ったら、心がそのまま表れてしまったみたいで。

 おそらく、これは湧き上がる悲しみの形なんでしょうね」

 お菓子に対する情熱を失った悲しみです、とめぐるは語った。

「これでは、ご不満のようですので、こちらで」

 コト、とめぐるはまた皿を出してくる。

「無になったおのれの顔を見ながら作ってみました。
 『絶望のタヌキ』です」

 可愛いっ、と健が喜ぶ。

 ねりきりで作られた茶色いタヌキの顔を手に取り、健が、
「なんか食べるのもったいないねーっ」
とはしゃいでいる。

「……心が動いてるじゃないか」
と田中が言う。

「おかしいですね。
 無の心で作ったんですが」

 師匠が、
「愛らしいタヌキだねえ。
 微笑ましい気持ちになるよ」
と言ってくれたが、田中はこわごわ絶望のタヌキを見ながら、

「……いや、黒目がでかくて無表情で怖いですよ」
と言っていた。




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