同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました

菱沼あゆ

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そんなメニューはありません

心震えるお菓子

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「ありがとう」
「おいしかったよ、ごちそうさま~っ」

 師匠たちは満足して帰って行き、田中だけがまだ残っていた。

「無理難題を言って悪かった。
 とりあえず、代金を払おう」

「あ、いえいえ、大丈夫です。
 私のリハビリも兼ねてるので」

 そういうわけにはいかない、と田中は言うが、めぐるは溜息をついて言う。

「人の心を動かさないのって、意外と難しいんですね。

 君の作品には、心がない。
 君のお菓子を食べても、なんのビジョンも見えてこないし、感動しない、とか言うジャッジもいたんで、結構、楽勝かなと思ってたんですが」

「そんなこと言われるのか」

「ええ、まあ。
 いろんなことを言われますよ」

「気づかないうちにそういうストレスが溜まってたんじゃないのか。
 傷ついていないように見えて、傷ついていたとか」

「さあ?
 でも私、そもそも、人の話、あんまり聞いてないですからね」

「……聞いてなさそうだな」

 心ある審査員のコメントは聞いてやれ、と言われた。

「あ、そうだ。
 食べますか?

 今、私が心震えるお菓子」
 
 めぐるは、ポッ○ーを差し出した。

「久しぶりに食べましたけど、おいしいですよ」

「……そうか」
と言いながら、田中も一本とる。
 


「めぐるー。
 カウンターにこんなものがあるよ」

 昼の混雑が一段落したころ、百合香がレジの近くから、そう言ってきた。

 レジ横に昔からあるなんのイキモノかわからない編みぐるみの下に茶封筒があったようだ。

 『天花めぐる様 田中』
と表に書かれた封筒には、五万円も入っていた。

 いや、ちょっとねりきり作っただけなのに……。

 このお金は受け取るつもりはないけど。

 やっぱり、田中さんは、それくらい本気、ということなんだろうな。

 ちゃんとしたものを作ってあげないとな、とめぐるは思う。

 ……ところで、田中さん、私と同じくらい字が汚いな。

 妙なところで仲間意識が芽生えた――。

 


 数日後、田中は師匠に、めぐるの実家に行くように言われた。

 百合香から連絡があったらしい。

 最近、忙しくて食堂の方にも行ってないが、元気だろうか、と思った田中は、めぐるの弟、雄嵩とその友人に大歓迎され、店の奥へと通される。

 すると、床間のある和室に、餅を入れる木箱のようなものがあり。

 その中には、ねりきりがズラッと並んでいた。

 しかも、似ているようで、一個ずつ微妙に違う。

「……これは一体」

「うちの姉、こういう人なんですよ~」
と雄嵩が言った。

「一度、やりはじめると、壊れたみたいにやり続けるっていうか。
 あいつ、天才とか言われてるけど。

 そうじゃないんですよ。
 ただただ黙々と満足いくまで、やりつづける人なんです」

 ……どうしよう。
 俺と似てるな、天花めぐる、と田中は思っていた。

 自分も解けない問題があると、気になって仕方ないタイプで。

 数学なんかも、授業が進んでいても、そっちは気にせず、解けない問題をいつまでも解き続けたりしていた。

 ……ヤバイ。
 あいつが俺と同じタイプなら、あいつに今すぐ正解を与えなければ。

 この家はねりきりに押しつぶされてしまう。

 すっと無表情なタヌキが……

 いや、天花めぐるが襖を開けて現れた。

 仕事モードの彼女は、すぐ側にいる自分にも気づかないようで。

 また大量にねりきりの並んだ木箱を無言で置いていった。

「……と、止めてください、田中さん」

 廊下に消えた姉の姿を見送りながら、雄嵩がすがりつくように言う。

「そ、そうだな。
 だが、どうやって?」

「なんて美味しそうなねりきりっとか言ってやってくださいっ」

「いや、それだと、心が動いているだろ」

 こいつ、もしや、食堂の空き時間なんかも、今はこんな感じなんだろうか?

 自分だったら、そうなるが……。

 百合香が、
 なんて注文出してくれたんだ、と怒りの表情を浮かべてそうだ、と田中は怯える。

「心が動いてはいけないってことは。
 ねりきりを見ても微動だにしてはいけないってことですかね?」
と充則が小首をかしげながら言う。

「ねりきりがあることにも気づかないフリして、踏んで歩くとか……?」
と言う雄嵩に、

 とんでもないこと言い出したな……。

 生活をねりきりに浸食されて、病んでいるのかもしれない、
と田中は思う。

「いや、それは、ねりきりに失礼だろ」
と言って、充則に、

 めぐるさんにも失礼では?
という顔をされる。

 田中はひとつ、ねりきりを手にとると、めぐるを真似て、無の表情を作ってみた。

 だが、すっと襖が開いて現れためぐるは、色のない目で、また木箱を置いていって、田中にも気づかない。

「いやー、お菓子にとりつかれてるみたいですね。
 まるで神がかった巫女さんみたいですよ。
 さすが、天才パティシエ」
と充則が満面の笑みで言う。

「……これ、和菓子だが」

「洋菓子でも和菓子でも一緒ですよ。
 こうなったら、納得いくまで作り続けるから」

 めぐるが消えた方を振り返りながら、雄嵩が言った。

「ひとつ食べてみてもいいだろうか」

 どうぞ、と雄嵩に言われ、口に入れてみる。

 ――無!

「味がないっ」
と田中は叫んだ。

「……むしろ、味があるより、心が動きますよね~」
と力なく雄嵩は呟く。
 


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