同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました

菱沼あゆ

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そんなメニューはありません

これぞ、お菓子!

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 壊れたようにねりきりを作っていためぐるだったが、やはり、疲労はたまっていたようだった。

 廊下で、ふと、足を止める。

 ――いつからそれは落ちていたのか。

 その存在に気づいた時点で、すでに集中が途切れていたのに違いない。

 めぐるは、しゃがみ、それを手に取った。

「ポッ○ー……」

 鮮やかな配色の箱にマジックで、天花めぐる様、と書かれている。

 この字、田中さんのようだ、と思いながら、バリッと箱を開けて、ぽりぽりと食べる。

「おいしい。
 甘い。

 甘い。
 おいしい」
とめぐるは繰り返す。

 ようやく、みんなが襖の陰から自分を見ていることに気がついた。

 充則が来たのは知っていたが、いつの間にやら、田中まで増えている。

「ああ、……いらっしゃい。
 田中さん」

「さっきからいたけど、田中さん。
 お前、この神々しいイケメン様が目に入らないとか、どういう集中の仕方だ」

 そんな弟の言葉も聞いていないめぐるは、ポッキ○の箱を高く掲げて言う。

「いやあ~、お菓子っておいしいですね~。
 癒されますね。

 これぞ、お菓子ですよっ」

 田中さん、とめぐるは、まだ襖の陰にいる田中を振り向く。

「やっぱり、無になるお菓子は無理です」

 めぐるは、よく考えたら当たり前な結論をつけた。

「……いや、こちらこそ、無理を言って悪かった」

 そう田中に謝られたが。

 田中が真剣だったのもわかるし。

 今回の件、自分にとってのお菓子がどいういものなのか、見つめ直すいいきっかけになった。

 そうみんなに告げると、雄嵩が、
「……それはいいんだが。
 どうするんだ、このねりきりの山」
と和室を振り返りながら言う。

「そうねえ。
 田中さんもこんなにいらないわよね。

 じゃあ、お客さんにおまけで差し上げるとか?」

「待てよ。
 大半、味ないんだろっ?

 そんな罰ゲームみたいなおまけ、いるわけないだろうっ」
と弟に怒られる。

 

 無になれる菓子、という深淵に挑み、めぐるは負けた。

「いや、負けてよかったのでは……」
と雄嵩には言われたが。

「なんか、コンテストで負けたときと違って、すがすがしい負け方です。
 やっぱり、お菓子は人の心を動かして、ナンボですよっ」

 めぐるは原点に返り、一から、いろいろ工夫してみた。

 お客様にお喜びいただけるお菓子になるように。

 味のないねりきりを甘い寒天で包んでみたり。

 甘いカラフルなねりきりを作って、そぼろ状にして飾ってみたり。

 見た目も美しくなるように、金箔や銀箔も使った。

「久しぶりにお菓子作るの楽しいですっ」

「そうか。
 よかったな」
と田中は何故か微笑ましげにこちらを見ていた。
 


「無事に売り切ったな」

 閉店後、まだ残ってくれていた田中がホッとしたように言った。

「お前がいろいろ創意工夫したせいだろう」

「……いや」
と姉弟二人は言う。

「田中さんが一緒に売ってくれたからですよ」

 いつの間にやら、この店は田中御用達の和菓子屋ということで評判になっていた。

 いや、御用達どころか、田中が売り子をしていたのだが。

 噂を聞きつけてやってきた人に、
「ねえ、将棋の駒型の和菓子とかないの?」
と言われて、作り足し、

 ねりきりを売り尽くそうしていたはずなのに、増産しはじめる、という事態におちいっていた。

 閉店後、販売を手伝ってくれた田中と充則にお礼をしようとしたが、断られる。

「じゃあ、今度、私がご馳走しますよ」
とめぐるは言った。
 



「ありがとうございました。
 お疲れ様でした」

 田中は店の戸締りまで付き合ってくれた。

「いや、いろいろすまなかったな」

「いえ、おかげで少し吹っ切れました」

 自分で味をなくして、自分でまたつけるという愚行を犯しただけなのだが。

 自分にとってのお菓子ってなんなのか、少し思い出したような気がしていた。

 めぐるは、コト、と田中の前に白く四角い陶器の皿を置く。

 和菓子がひとつ、載っている。

 透明な葛の皮で包まれた黒い鬼灯ほおずきのような餡。

「どうですか?
 ちょっと綺麗な感じに変えてみました。

 『慟哭』です」

「まだ慟哭してるのか……」

「いや、ちょっと元気になったので、慟哭を昇華させたくなっただけです」
とめぐるは笑う。

 上から覗き込んで見た田中が気がつく。

「中に赤いものがあるな」

 葛の下にある鬼灯型の黒い餡にところどころ切れ目があり、そこから、赤っぽい餡が覗いている。

「炎をイメージして入れてみました。
 ちょっとだけ見えてきた私のお菓子への愛ですかね?

 田中さん、ありがとうございます」

 どうぞ、お召し上がりください、と言うと、田中はそれを口にした。

「……美味いな。
 外はぷるっとした食感で。

 黒い餡は口の中でさらっと消える感じがする。

 上品な甘さだな。

 中の赤い餡は少しすっぱいか」

「梅なんで」
とめぐるは笑った。

「……作っている人間からは想像もつかない繊細な味だ」

 いや、どういう意味だ。

「まあ、私は和菓子は素人なんで。
 田中さんがいつも召し上がっていらっしゃるような対局のときのお菓子には遠く及ばないでしょうけどね」

 すみません。
 望むお菓子ができなくて、とめぐるは謝った。

「いや、お前の菓子作りに対する姿勢を見ていて、いろいろ思うところはあったよ。

 ありがとう……。

 天花めぐる」

「めぐるでいいですよ」

「いや、いきなり呼び捨ては……」

「同級生じゃないですか」

 そう言いはしたが、実際のところ、名前で呼び捨てなのは、幼稚園とか小学校の同級生が多かった。

「……じゃあ、めぐる」
と言ったあとで、田中は気づいたように、

「俺も呼び捨てでいいぞ」
と言ってくる。

「え?
 じゃあ――

 田中?」

「そっちか……」

 いや、同級生男子は名字で呼び捨てることが多いんで……。

 はは、とめぐるは苦笑いしてごまかした。


 
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