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そんなメニューはありません
めぐるの新商品
しおりを挟むあの田中御用達の和菓子屋ということで、評判になっためぐるの実家だったが。
田中の師匠は、
「……私は長年通っていたんたが。
田中くんが通いはじめると評判になるんだねえ」
と自虐的に呟いていたらしい。
「この店に、田中竜王が現れたそうね」
めぐるが店番をしていたとき、いきなりそんなことを言いながら現れた女がいたので、めぐるは、ファンタジーの世界に迷い込んだかと思った。
あ~、竜王って、田中さんのことか~と気づき、
「いらっしゃいませ~。
田中さ……、田中竜王がお好みなのは、この『慟哭』ですよ」
めぐる作『慟哭』は店の新商品になっていた。
出来る女風の装いのその女性は身を乗り出してショーケースを眺め、
「……スランプ中に慟哭とか笑えないわね」
と呟く。
「あんたもスランプ中でしょう。
なに和菓子なんて売ってるのよ、天花めぐる」
「えっ?
私をご存知なんですか?」
女は黙った。
「……私、あんたの小学校の同級生、安元ルカ」
「あ~、安元さん。
放送委員で、いっつもすっごいマイナーな曲流してたっ」
「どうでもいいこと覚えてるわね」
と言われたが、無事に思い出せてホッとしていた。
女の人は服装と化粧で全然変わっちゃうからな~と苦笑いしながら、
「久しぶりだね~」
と言って、
「なにも久しぶりじゃないわよ。
私、この間まで、あんたがエッセイ連載してた雑誌で編集やってるんだけどっ?」
とキレられる。
「あ、そうだったんだ~」
いや、担当の人じゃないし。
海外から原稿送ってただけなんで、知らないんだが……。
そう思いながらも、怒らせたらヤバそうな人だなー、とめぐるは思う。
「あんたのエッセイ、読んでたわ。
海外から送ってきてるのに、どうして、海外の素敵な暮らしの話とか書いてこないのよ。
昔聞いたおばあちゃんの知恵袋的な話、役に立つけど、求めてるのはそれじゃないわよっ。
しかも、あんたのおばあちゃん、食堂経営してるんでしょう?
職人の話みたいで、なにも生活に根ざした知恵袋じゃなかったわよっ」
……何故、連載が終わった今、言うのですか。
そして、結構好評だったと聞きましたよ……。
読みたかったのかな、海外の素敵な暮らし。
それは悪いことをした、とめぐるは思う。
「まあ、あんたが小洒落た話をするとも思ってないけど。
ところで、スランプは脱出できたの?」
「ああ、和菓子は作れるようになったよ」
「……和菓子作れるようになってどうするのよ。
いや、悪くないけど」
慟哭、一個ちょうだい、とルカは慟哭を買ってくれた。
「ここで食べていい?」
「窓際のテーブルでどうぞー。
おいしい豆茶もあるよ」
と言って、窓際の席に慟哭とよく冷えた豆茶を持っていく。
「あら、綺麗ね。
白い器に黒い餡。
ぷるぷるの葛が中の餡を引き立ててるし。
……おいしいっ。
許せないっ」
えっ?
許せない……?
「この繊細な味っ。
あんたが作ったのねっ」
よくわかったね。
「和菓子でもこんなにおいしいなんて、許せないっ」
ガタッとルカは立ち上がった。
「雑誌で特集とかっ、しないからっ」
そのままルカは走り去った。
……いや、なんだったんだ、とめぐるは見送る。
「――って、今日、言われたんだけど」
と夕食のとき、めぐるが言うと、雄嵩は、
「それはあれじゃない?
その人、単に姉貴の洋菓子が食べたかったんじゃない?
それなのに、和菓子に力入れてるから、なんなのよ~ってなったとか」
と言う。
「そんな平和的な話?」
とめぐるは言ったが、そんな話だったようだった――。
次の日、ルカは食堂にやってきた。
「いらっしゃい」
「なんで食堂で働いてるのよ」
「いや、普段は食堂にいるんだよ。
週末とか、たまに実家の和菓子屋手伝ってるだけで」
どこでもどうぞーと言うと、ルカはカウンターの席につく。
「ここにいるって聞いて来たのよ」
「え? どこで?」
「だからあんたの実家の和菓子屋でよ。
……なに頼もうかしら」
と壁のメニューをルカは見る。
すると、近くのテーブルから、
「オムライスがおいしいよ」
と声がする。
もちろん、師匠だ。
「そうなんですか。
じゃあ、オムライスで」
素直だな……。
ていうか、師匠の向かいに田中さんが座ってるんだが、取材しなくていいのか。
田中竜王が来ると聞いて、うちの店に来たんだよね?
と思いながら、めぐるはルカを眺めていた。
一方、田中は、こいつは誰なんだ? という顔で、ルカを見て、こちらを見る。
「あ、この方、私の小学校の同級生の安元ルカさんです」
とめぐるは田中のテーブルの人たちにルカを紹介した。
「はじめまして。
安元です」
とルカは頭を下げる。
めぐるは違うテーブルに鯖の味噌煮定食を届けたあとで、気がついた。
「今、紹介しながら、なんで、田中さん、安元さん知らないんだろうって思ったんですけどね。
そういえば、田中さん、中学から来られたんですもんね。
安元さん、中学は私立だったから」
それで同窓会にも来てなかったのだ。
ルカはめぐるに言う。
「中学からは違ったけど。
あんたがフランスに武者修行に行ったのは聞いてたのよ。
そんなにお菓子作りが好きだったなんて知らなかったわ」
「違うよ。
武者修行に行ったんじゃないよ。
お母さんが仕事でフランスに行ったから、ついてっただけだよ。
隣の部屋との壁に穴が空いたせいで親しくなったおじいさんにお菓子作り習ってたら、その人、昔、すごい菓子職人だった人だったんだよ」
「いや、だから、そういう話をエッセイに書きなさいよっ。
隣に、偶然、すごい菓子職人の人が住んでたせいで、天才パティシエになったなんて、おいしいネタじゃないのっ」
「いやいや、隣の人じゃなくて、隣との壁を修理に来たおじいさんだよ。
アパルトマンの管理人さんのお友だちの旦那さんで……」
人間関係がややこしすぎるっ、とルカに叫ばれる。
「そうでもないけど。
確かに、説明がめんどくさいから書かなかったんだけどね。
フランス、なかなか修理に来てくれないらしいんだけど。
流石に隣との壁だし、日本人は几帳面で細かいからって、そのおじいさんに頼んで直してもらったみたい」
「俺とちょっと似ているな、お前」
「え?」
師匠たちやルカが帰ったあとも何故か残っていた田中が言う。
「子どものころ、屋根が雨漏りしたとき、うちに来た大工さんが将棋が強くてな。
休憩時間につきあってるうちに、近くの将棋道場に連れていかれて。
そのうち、今の師匠を紹介されて。
でも、なんかどうなんだろうと思って、ちょっと将棋から離れて。
また戻ってきて、今に至ってるんだが」
「結構蛇行してますね」
とめぐるは笑う。
そういえば、この間、雄嵩に蛇行していた話は聞いた。
「田中竜王って、棋士になったの、ちょっと遅かったんだよね。
一時期、考えすぎて将棋やめてたとかで。
でも、そこから破竹の勢いだったんだよ」
とか言っていた。
基本考えすぎる人なんだな。
似ているな、か。
似てるかな? 私たち。
大工系の人に将来につながる道にいざなわれたこと以外に、
とめぐるは思う。
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