同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました

菱沼あゆ

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そんなメニューはありません

まだ、スランプなの?

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 思いがけず、焼肉が食べられて、めぐるは浮かれていた。

「わあ、いろんなメニューがありますね~」

 厚みのある使い捨てのおてふきで手を拭きながら、黒板以外にも店内のあちこちに貼られているメニューを眺めていたが。

 結局、頼んだのは肉ばかりだった。

 タン、上カルビ、上ロース、ハラミ……。

「いろんなメニュー、ある必要あったか?」
と田中は言うが。

「じゃあ、次、なんにします?」
とトングで肉を返しながら言うと、

「……上カルビ、美味かったな」
とやはり言う。

 結局、上カルビを頼んだ。

 上カルビ自体にすでに味がついている。

 だが、そのすでについているタレが焦げたところに、またタレをつけ。

 口の中に入れると、とろける脂とタレの味が混ざり合い、絶品だ。

「やばい。
 これはお腹壊すコースですよ」

 めぐるは呟く。 上カルビ自体にすでに味がついている。

 だが、そのすでについているタレが焦げたところに、またタレをつけ。

 口の中に入れると、とろける脂とタレの味が混ざり合い、絶品だ。

「やばい。
 これはお腹壊すコースですよ」

 めぐるは呟く。

 脂に弱いので、高い肉を大量に食べると必ずお腹を壊すのだ。

 ちなみに、実家にいるときに、外でいい肉を食べてきて、トイレにこもると、もれなく、雄嵩に冷たい目で見られ、

「自業自得だ」
と言い放たれていた。

 まあ、そう言いながら、薬と水を持ってきてはくれるのだが。

「そういえば、田中さん、帰り際に来られた方に、源氏名が竜王だと思われてましたよ」

 今度、指名するねって言われてましたね、とめぐるが言うと、田中は渋い顔をする。

 田中さんがホストか。
 似合わないけど、人気は出そうだな、と思う。

 なんかそこに座っててくれるだけで、仏様のようにありがたい感じがしてくる。

 知的なイケメン様だからだろうか。

 いや、健さんも賢いイケメン様のようなのだが。

 ……なんでだろうな。
 知的な部分があまり顔に出ていないから、そう感じないのだろうか。

 いや、健さんは健さんで、気さくに話せていい感じなのだが。

「そういえば、三木家さんって、どなたをご指名だったんですか?
 いろんな方が代わる代わる三木家さんとこ立ち寄って話してましたけど」

「三木家さんの推し? はオーナーらしい」

「……オーナーって指名できるんですか?」

 普通の雑用係のように働いてらっしゃいましたけど、と言いながら、

 田中さんの口から『推し』とか聞くの、不思議な感じだ、と思っていた。

 実際、なにやら、戸惑いながら言っているようだ、と思う。

「できないが。
 オーナーが憧れの人らしい。

 若いときから知ってるみたいだった」

「そうなんですねー」

 いろいろですね、とめぐるは笑う。

 推しか、私の推しは誰だろうな。

 近頃、尊敬している人は、田中さんなんだが。

 将棋は『にーろくふ』しかわからないのに、田中さんを推しとか言って、いいものだろうか、と思う。

「……お前はラジオに出ても緊張とかしないんだな」

 唐突に田中がそんなことを言い出した。

「あー、ラジオはあんましないですね。
 公開じゃない限り。

 目の前にたくさんお客さんがいらっしゃると、ちょっと緊張しますけど。

 田中さんはテレビでもよどみなくしゃべってらっしゃいますよね」

「あれは将棋のことだからだ。
 いきなり他のことを訊かれたら、なんて答えたらいいのかわからなくなって戸惑う」

 そう言い、また渋い顔をする。

 田中さんって、会ってから、真顔か渋い顔しか見てないような。

 でも、なんか田中さんらしいというか。

 これはこれで落ち着くな~とめぐるは思っていた。

「あ、お酒なくなっちゃった」

「……もう一杯頼むか」

「そうですね」

 肉はもう食べ尽くしていたが。

 もうちょっと帰りたくない気分だったので、めぐるは、ちょっと笑って、そう言った。

 


「それでどうなったのよー」

 次の日、和菓子屋の厨房の方にいためぐるは、訪ねてきた安元ルカにそう訊かれた。

 昨日、田中と呑んだ話をしたからだ。

「え?
 どうって……

 そのまま帰ったけど?」

「なによ、それ。
 せっかく二人で呑みに行ったのに、もうちょっとハメ外しなさいよ~」

 どうハメを外せというのだ。

 歌いながら、川に飛び込むとか?
と大学生のどんちゃん騒ぎを想像しながら、めぐるは言った。

「そもそも、どっちもそんなに酔わないんで、ハメなんて外しようもないしねー」

 ルカは、面白くないわね、と言ったあとで、
「ところで、なに作ってんの?」
と腕組みして訊いてきた。

 めぐるは自分が作っていたものを振り返り、
「なにかな、これ
 ……ケーキ?」
と疑問系で訊き返す。

 いや、あんた自分で作ってるんでしょ、という顔をルカはしていたが。

 久しぶりに積極的にお菓子を作りたい気持ちになったので、衝動のままに作ってみただけのだ。

「三段になってるじゃない。
 小ぶりなウエディングケーキとか?

 ……それにしては、緑色なんだけど。
 いや、緑でもいいけどさ」

 ハーブやオリーブの葉があしらってあるのがお洒落ね、とルカは興味津々、その三段ケーキを覗き込む。

「写真、撮っていい?」

「いいよ。
 試作品だけど」

「今のままで売れそうよ。
 すごいインスタ映えしそうな色合い。

 この片側だけ、クリームが羽毛みたいになってるのも素敵。

 ほんと、あんたって、絶妙な色の組み合わせで仕上げてくるわよね。
 しかも、見た目重視なわけでなく、味も悪くない」

 おや、珍しく褒めてくれているようだ、と思ったが、ルカは写真を撮る方に熱心で、そのあとは無言だった。

 もしかして、写真に集中していたから、無意識のうちに褒めてくれたのだろうか。

 気を抜くと褒めはじめる人、珍しいなと思いながら、めぐるは一生懸命、写真を撮ってくれているルカを眺めていた。

 ……なんか嬉しいな。

 うん。
 素直に嬉しいな、とめぐるは改めて思う。

 自分のお菓子で、みんなが喜んでくれるの、やっぱり嬉しい、
と食堂でデザートを振る舞ったときのことも思い出す。

「ところで、これ、どんな味がするの?」
と言いながら、ルカはメモをとろうとする。

 雑誌にでも載せるのだろうか、と思いながら、

「えーとね」
と言いかけ、気がついた。

「……そうだ。
 さっき褒めてもらって悪いんだけど。

 今回、色味を重視したから、グラデーション作るのに、一、ニ段目と三段目、味が違うんだよ」

「味違うのいいじゃない。
 同じ味だと飽きるし」

「一番下の色が薄いとこ、ピスタチオなんだよ。
 他は抹茶なのに。

 抹茶だと思って食べたら、ピスタチオだったときって、ちょっとガックリ来るよね」

「……あんた、ピスタチオに謝りなさいよ」

「いや、ピスタチオはピスタチオでおいしいんだけど。
 口はもう抹茶になってるのに、ピスタチオだったら、衝撃じゃん」

「まあ、わからなくもないけど」

 カメラを下ろしたルカはハーブが飾られた三段ケーキを見ながら訊いてきた。

「このケーキ、タイトルとかあるの?」

「そうだねえ。
 『緑溢れる……」

 ルカはどんな素敵な名前なのだろうという感じに、ワクワクした顔をして、メモを構えている。

「……廃墟』?」

「あんた、まだスランプなの?」

 いや、緑に埋もれた建造物とか美しいではないですか。

 理解はされなかったようだが。

「じゃあ、『絶望のピスタチオ』」

「いや、あんた、ほんとピスタチオに謝りなさいよっ」
と怒られた。




「それで、そのあと――

『載せてやるわよ! 「絶望のピスタチオ」もっ!
 でも、あんたの特集なんて、四ページしかしないんだからねっ』

 って叫ばれたんですよね」

「四ページ、結構すごいじゃないか」
と日本酒をそそいでくれながら、田中は言う。

 焼肉を食べたら、お腹ゆるくなっても、また焼肉食べたくなりますよね、という話をしたら、

「じゃあ、また行くか」
と田中に誘われたのだ。

 それで、二人でどこの焼肉屋にしようかと歩いていたのだが、気がついたら、いい感じの和食の店に入ってしまっていた。

 食べ物に関しては、まったく初志貫徹でない二人だった。

 イチョウの一枚板のカウンターの端の方に二人は座っていた。

 スッポンの茶碗蒸しで一杯やりながら、めぐるは言う。

「『えっ?
  そんなに出してくれるの?』って安元さんに言ったら、

『あんたむしろ、日本での知名度の方が低いから。
 巻頭特集とか表紙に載ったりとかして、名前が売れるよう、頑張るのねっ。

 そしたら、きっといい仕事も舞い込むわよっ』って」

 奥から覗いた雄嵩が、
「なにあれ?
 喝入れにきたの?」
と笑っていたが、田中も同じようなことを言っていた。

 そして、田中は、
「『絶望のピスタチオ』か。
 ピスタチオ、女子は好きなんだろうけどな」
と呟く。

 嫌いなんですか、ピスタチオ。

 まあ、なんかこう、質実剛健な田中さんと真逆なお洒落系って感じがしますけどね。

 男性陣だと、健さんとか、若林さんとかが好きそうだ、と思う。

 少し考え、田中は言った。

「この間、三木家さんの話を聞いていて、『推し』とはなんだろう、と真剣に考えていたんだ」

 ……妙なことを真剣に考えますね。

 やはり、天才棋士、なにかが違う……。

「崇拝し、応援したい相手みたいな感じかな。
 その安元ルカって編集者にとっては、お前が推しなんだろうな」

「安元さんの推しは、それどこから発掘してきたんですか、的なマイナーな曲たちですよ」

 私立中学に行っても放送委員になって、いろいろ流してんのかなあ、とたまに思い出すくらいには、いろいろ推していた。

「誰も聴いたことないって曲が多かったんですけど。

 ずいぶんあとになって、その頃、急に売れてきた人の昔の曲がテレビで流れたとき。

 あれっ?
 なんか聴き覚えがあるなあって思って。

 よく思い出してみたら、安元さんが昔、しつこく流してた曲だったんですよ。

 すごいなあって思って」

 そこで、めぐるは思い出す。

 自分も三木家の話を聞いて、推しについて考えたことを――。

 私の推し、誰なんだろう。

 近頃、尊敬している人は、田中さんなんだが。

 将棋は『にーろくふ』しかわからないのに、田中さんを推しとか言って、いいものだろうか、とあのとき、思ったんだった。

「……俺の推しは」

 田中はそこで黙る。

 目の前にあるナッツの盛り合わせを見ながら呟いた。

「少なくとも、ピスタチオではないな」

「そうですか」
とめぐるは笑う。

「この間の焼肉屋かな」

「あれ、おいしかったですね~。
 ところで、焼肉食べたかったはずなのに、何故、我々はここにいるんでしょうね」

 でも、このお店も美味しいですね、と笑ったあとで、
「ここも推しですっ。
 推しが増えてくと素敵ですね」
とめぐるは言った。





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