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私の推しは、にーろくふです
週刊誌の記者
しおりを挟む「なんだ。
あの天才パティシエの子かー、今の。
いつから付き合ってるの?」
タクシーの中で、久門にそう問われた田中は、
いつからも付き合っていない、と思ったが、なにも言わなかった。
特に否定したくなかったからだろうか。
いやいや。
いやいや……。
久門はゴソゴソ、カバンから詰将棋の雑誌を出してくる。
「バスに乗ってどこかへ行こうとしてたわけじゃないんだよ。
天気のいい日。
バスに乗って、これを解くのが好きなだけ」
「それ、どこで降りるんだ?」
「終点かな」
それでまた折り返すの、と久門は笑う。
……ヤバイ。
こいつ、意外に気が合いそうだと思った。
対局中は無駄な動きが多くて、イラつく相手なのだが。
まあ、実際、そんなに動いているわけではないのかもしれないが。
ゴソゴソしているように感じるというか。
「最近さあ。
新幹線での移動が多かったんだよね。
空港、なんかワクワクする」
と言う久門とともに、詰将棋を解きはじめ、駅について、
「お客さんたち、いい加減降りてっ」
と運転手さんに怒られた。
電車で移動し、羽田第3ターミナルに着いた久門は、はしゃぐ。
「わあ、久しぶりに来たーっ。
どうする?
なに食べるっ? なに買うっ?」
……いや、めぐるを探しにきたんだろうが。
それにしても、なぜ、国際線の第3ターミナル。
まさか、フランスに帰ってしまうのかっ?
と思ったとき、めぐるではなく、どこかで見た男が手を振ってきた。
「あっ、田中先生っ。
久門先生までっ」
青いTシャツにジャケットを羽織ったその男は、紛れもない若林だった。
「お二人、仲よかったんですねえ」
「……どうしてまずお前が目につくんだろうな」
という行き交わない会話をする。
「めぐるは?」
「めぐるん先生なら、今、お手洗いですよ。
実は、めぐるん先生が昔、イタリアに勉強に行ったときお世話になったっていう有名なパティシエの方が来日されてたんですけど。
今日帰られるって言うんで、めぐるん先生連れてきたんですよ。
今度会えたら、お礼言いたいって、前、おっしゃってたんで。
なにも言わずに連れてったから、めぐるん先生、ビックリされてましたよ~」
と若林は笑う。
いいとこあるじゃないか、若林、と思った。
「めぐるん先生、地蔵がどうとか、ずっと言ってらっしゃいましたけど。
喜んで二人でお茶されてて。
その方、さっき、もう旅立たれたんで、今、お手洗いに行かれたんですよ~」
ちょっと呼んできましょうか、と若林は行ってしまう。
その後ろ姿を見ながら、久門が呟いていた。
「いや~、若林さん、結構いい人なんだけど。
ちょっと騒がしいよね~」
「……お前が言うか」
合流しためぐると、美味しいものを食べたり、展望デッキから飛行機を眺めたり。
戻って縛られている地蔵のところに行って手を合わせたりと、結局、その日一日、たっぷり遊んでしまった。
「まあ、気分転換は大事ですよ」
と夜、食堂でオムライスを食べながら師匠が言う。
「……でもずっと久門も一緒だったんですけどね」
若林はさすがに仕事があるからと帰っていったが、久門はずっといた。
しかも、違和感なくいた。
今、師匠に話している途中で、そういや、あいつもずっといたな、とふと気づいたくらい自然にいた。
「まあ、みんなで仲良くするのはいいことです」
と言う師匠の言葉に被せるように、カウンターの向こうからめぐるが言ってくる。
「あ、そうだ。
冷凍しといた城の残骸食べますか?」
「……意味がわからないからいらない」
そんな風に、穏やかにその日は過ぎたのだが――。
ある日、めぐるの実家に週刊誌の記者を名乗る人物から連絡が入ったようだった。
「あんたは、今、いないって言ったら、めぐるさんは、いついつに羽田の第3ターミナルにいらっしゃいましたか? って言うから。
さあ? って答えたんだけど。
あんたいたの?」
と母親に電話で訊かれ、
「えっ?
ああ、たぶん、いたけど?」
と答える。
「そうなの?
フランスに帰ったの?」
いやいや。
あなた、今、おばあちゃんの食堂にかけてきましたよね。
そして、この電話の後ろで、
「ごめん。
めぐるちゃん、揚げナスも~」
と誰か言ってるではないですか、とめぐるは思う。
「ちょっと人に会いに行ってただけだよ。
それで?」
「めぐるさんの連絡先を教えてくださいって言うから、知りませんって言ったの」
「なにその、週刊誌の取材拒否みたいなの」
「いやいや、だって、ほんとに、あんたの今の携帯の番号わからないから」
どれ使ってんの? と言われる。
なんというアバウトな親だ……。
まあ、普段は、食堂か家にいるから、携帯にかけてこなくてもいいからなのだろうが。
それに、確かに、携帯の番号を記者に教えられても困る。
「週刊誌の記者が私になんの用なんだろ?
アルバーノ先生のことかな?」
とあの日会いに行ったパティシエの名を挙げたが、さあ、知らない、と言う。
「アルバーノ先生って。
あんたが我が家の梅干しあげたアルバーノ先生か~」
なんでそんなことは覚えてて、娘が今、どの携帯使ってるかは覚えてないんだ……。
いろいろめんどくさいので、めぐるは日本では日本の、フランスではフランスの携帯を使っている。
「うーん。
それ、本物の記者さんかもわからないし。
内容もよくわからないから、こっちから連絡するのも変だよね?」
また連絡あるか、ちょっと待ってみる、とめぐるが言っているその頃、別の人物も週刊誌の記者から同じようなことを訊かれていた。
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