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私の推しは、にーろくふです
熱愛記事が出てるっ!
しおりを挟む「めぐるーっ。
ネットニュース見たっ?」
次の日の朝、ルカが食堂に飛び込んできた。
「は?」
「私も今気づいたんだけどさ。
あんまり大きいニュースじゃなかったからっ。
あんたと久門さんの熱愛記事が出てるっ」
本日発売の週刊誌って言うから、買ってきたっ、とガサガサ、ルカが紙袋から出してくる。
まだ客の少ない店内。
ルカが広げた雑誌に、めぐるは衝撃を受けていた。
空港で仲良く買い物をしているめぐると久門。
「……田中さんが」
半分切れてる……。
田中はなにをしていたのか、ちょっと離れた位置にいて、小さい上に半身しか写っておらず。
しかも周囲の人々と同じようにぼかしがかかっていた。
「あ、これ、田中竜王なの?
なんで消されてんの?
気づかれなかったのかな?」
イケメンなのに、存在感ないの? とルカは呟いていた。
やってきた常連さんたちと雑誌を眺めていると、若林が同じ雑誌を手に駆け込んできた。
「見ましたよっ、熱愛記事っ。
なんで言ってくれなかったんですかっ、めぐるん先生っ」
「いやそれ……若林さんに空港に連れてかれたときの写真ですから。
誤報ですよ」
あっ、やっぱ、あのときのですよねっ、とテーブルの上に同じ記事を並べて若林は言う。
「おかしいですよね。
最初はめぐるん先生と僕と田中先生と久門先生の四人でウロウロしてたのに。
なんで、久門先生との熱愛になってるんでしょうね」
それは私が訊きたいかな……とめぐるが思ったとき、若林が心底不思議そうに言った。
「ほんとうに。
僕もいたのに、なぜ、久門先生となんでしょう?」
――ん?
「僕と熱愛でもいいじゃないですかっ。
なぜ、外されたんですかねっ?」
と若林は不満げだ。
「いや、なんで滅多に会わない若林さんと熱愛なんですか」
「だって、この中で一番、めぐるん先生に似合ってるの、僕じゃないですかっ?」
となにを根拠にか言う。
すると、ルカが、
「若林さんはまだいいですよ。
田中竜王なんて、写ってるのに、これですから」
とボカされている田中を指差した。
「えっ、これ、田中先生なんですかっ?」
ただの通行人のように消された田中の姿がツボだったらしい。
若林は、いつまでも笑っている。
そこに、
「お疲れさんです~。
すみません。
今日の昼なんですけど。
配達いいですかー?」
と健が現れた。
若林は笑いながら、健の肩を叩くと、消された田中を指差した。
二人で爆笑しはじめる。
何故なんですか、お二人とも……と思ったが、
「田中がっ。
あの天才棋士、田中竜王がっ。
モブのように消されてるっ」
と週刊誌を叩いて、健は笑っている。
そこがツボなんですか……。
だが、ルカはひとり笑わずに真顔でテーブルの上の雑誌を見下ろしていた。
「それにしても、これは許せませんね」
「ほんとですよっ」
と若林が同意したので、いや、あなた今、爆笑してましたよ、と思ったのだが。
若林とルカは同時に言った。
「めぐるん先生の――」
「めぐるの――」
「熱愛記事を書くなら、我々がっ」
いや、なぜ……。
「そうですよっ。
私たち、知ってて黙ってたのにっ」
「え? なにを?」
「田中竜王とめぐるん先生の熱愛をですよ」
「田中竜王とめぐるの熱愛をよっ」
……熱愛とは。
辞書で引きたくなるような不可解な言葉のチョイスに、めぐるは小首をかしげていると、二人は言う。
「あんないい雰囲気なのを黙って見守ってきたのにっ」
「……我々はいい雰囲気だったんですか?」
初めて知りました、とめぐるは言った。
「フランス帰りのめぐるん先生の横に立って、違和感ないのは、お洒落な僕ですよっ」
熱愛報道の相手というのは、そういう基準で決まるものなのだろうか……、
と思いながら、めぐるは他のお客さんの注文をとっていた。
「久門先生より僕ですっ」
と主張する若林に、
田中さん、まるきり外されてるな~、と思う。
田中さん、お洒落でないこともないと思うが。
無骨な感じだが、自分に合う服を着ているし、と思ったとき、別の常連さんがやってきた。
手には、またあの雑誌がある。
「見たよ~、めぐるちゃん。
愛の逃避行~」
いや、逃避行って。
空港にいただけですが。
私はどこに逃げたんですか。
なんのためにどこに、と思いながら、カウンターの横を通ると、ルカが溜息をついて言う。
「あーあ。
対談で田中竜王とめぐるが出会って恋に落ちて、開運散歩のはずだったのに。
今、それをやったら、めぐるが気の多い女になっちゃうな~」
「いやまず、その記事が間違いだから……」
っていうか、やらせもやめるんだ……。
「せっかく来たんだし、早いけど。
お昼食べてこっかなー。
なんか軽いもの……」
と壁に貼られたメニューを振り返ったルカは、
「タコスください」
と言う。
――!?
と全員がルカを見た。
だが、百合香は、
「はいよ」
と普通に言う。
「タコス!?
えっ? タコス!?」
「そんなものこの店にあったのっ?」
「私も知らないんですけどっ」
と騒ぐめぐるたちにルカは立ち上がり、メニューのところまで行くと、隅の方の変色しているメニューを指差した。
タコ、と書かれたメニュー短冊の右下の方がはがれ、丸まっている。
ルカはそれを指で伸ばした。
「ほら、タコス。
最初に店に来たとき、丸まってるのが気になって、伸ばしてみたの」
「タコスッ!」
と全員がマジックで書かれたその文字を読む。
「えっ? タコじゃなかったのっ?」
と常連のおじさんが叫んだ。
「タコなら、そっちにあるだろうが。
酢ダコが」
と百合香が壁の右上の方を見て言う。
「ほんとうだ……」
「いや、2個もあるから、よっぽどおすすめなんだろうなと思って、結構頼んじゃってたよっ」
「……これ、かなり古い短冊だよね」
と健が自分でも短冊を伸ばして見ながら言う。
「いつからあったんだろうね、このメニュー。
百合香さんが一番お洒落な人かもね」
と若林が笑って言っていた。
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