昨日、あなたに恋をした

菱沼あゆ

文字の大きさ
50 / 63
これは本気の恋かもしれない

あなたの名前

しおりを挟む

 

 それぞれ買い物を済ませ、自宅に戻った。

 日子が適当な晩ご飯を食べていると、誠孝からメッセージが入ってくる。

「今日の晩ご飯はクリームソーダか」

 さっき、インスタに可愛い100均のグラスに作った色鮮やかなクリームソーダを上げたからだろう。

「いえいえ。
 本日はご飯は手抜きなので、飲み物で」
と日子は打ち返す。

 早速、あのアンチの人から、いいねが来ていた。

「そうか。
 まあ、美味しそうだな」

「お暇なら、飲みに来られますか?」

 ご飯を食べながら、軽く打っていたので、その勢いで深く考えずに、そう訊いてしまう。

 だが、すぐに入ってきていた返事がない。

 しまった。

 余計なこと言っちゃったかな、と思ったとき、

「ついでにゲームでもしないか」
と誠孝が言ってきた。

「いいですね」
と日子は打ち返す。

「じゃあ、明日も仕事だし、一時間ほど」

 そう入ってきて、そうですね、と日子は返したが、この二人のゲームが一時間で終わるはずもなかった。



 クリームソーダの残骸と、ゲーム廃人の残骸が部屋に行き倒れている朝。

 スマホの目覚ましが鳴り、日子は飛び起きる。

 横に誠孝が倒れて寝ていた。

「シゲタカさん、シゲタカさんっ」
と慌てて日子が起こす。

「ん?
 ……すまない。

 あのまま寝たのか」

「もう七時ですよっ、シゲタカさんっ」

 そう叫んで支度しようとしたが、誠孝が倒れたまま動かないのに気がついた。

「どうしました? シゲタカさん」

「いや……まだ夢を見ているようなので、寝過ごしたのもきっと夢だろうと思って」

 は? という顔をした日子に、誠孝が顔だけこちらに向けて半信半疑な様子で言う。

「お前、俺を誠孝と呼んでるぞ」

 ああっ、ほんとだっ、と日子は叫んだ。

「すみませんっ。
 寝るまでずっと、対戦してるゲーム画面のシゲタカって文字を見てたので、焼きついちゃって」

 誠孝は、いや、いい……と言いながら、むくりと起き上がる。

「俺もお前を日子と呼んでるし、誠孝でいい」

「あっ、ありがとうございますっ。
 シゲタカさんっ」

 そう日子は苦笑いして言ったが、誠孝は、微妙になにかが違うような……という顔をしていた。

 日子が呼ぶ誠孝が、名前のそれではなく、ゲーム画面のカタカナのシゲタカなままなのが、雰囲気として伝わっているようだった。



 東城が緑も眩しいマンション前庭を眺めながら、玄関前に立っていると、日子たちが来た。

「おはようございます」
「おはよう」
と日子と誠孝が挨拶してくる。

 今日も朝から日子はエレガントな微笑みを浮かべている。

 ハイセンスな服を抜群のスタイルで着こなす日子だが、身支度を整えている間は、相当ドタバタしてるんだろうなと想像できて笑ってしまう。

 東城が警備員らしく二人に、
「おはようございます」
と返したとき、日子が足を止め、

「あっ、先行ってください、シゲタカさんっ」
と言った。

 ……誠孝さん?

「忘れ物……

 いや、鞄に入ってました。

 偉いですね、昨日の私」

 鞄の中を確認しながら笑う日子に、誠孝が呆れたように、
「偉いか? 昨日の私。
 コントローラー握ったまま、寝腐ねくたれてたのに」
と言っている。

 誠孝さん?

 沙知見さんの前で寝てたとか。

 まさか二人で熱い夜を過ごしたとかっ?

「違う意味で熱い夜だったな」
と誠孝が昨夜の熱い対戦を思い出しながら、言ってきそうなことを東城は思っていた。

「日子、いつから沙知見さんのこと、名前で呼ぶようになったんだ?」

 星野なら訊いていなかっただろうが、東城なので反射的に訊いていた。

 いや、人が見ていたら反射的なだけで、東城的には一瞬で思い詰めたあとに、一瞬で臨界点を突破して、やけくそになり訊いたのだが。

 日子が笑って言う。

「いや、名前で呼んでるわけじゃなくて、ゲームのキャラクター名で呼んでるんです。

 シゲタカさんが、格闘ゲームの自分のキャラの名前をシゲタカにしてて。

 一晩中やってたから、刷り込まれたみたいで。

 シゲタカさんの顔を見たら、あのキャラが被っちゃうんですよね」

「待て。
 俺はあんな袖が引きちぎれたような服は着てないし。

 肩をいからせて歩いてないし、変なポーズでも立ってないっ」
と誠孝が反論しているが。

 楽しそうだな……と東城は、うらやましく思ってしまう。

 二人仲良く日子と誠孝は行ってしまった。

 俺も一晩中、日子とゲームとかやってみたい。

 オンラインゲームなら叶うだろうか。

 沙知見さんみたいに、日子に名前で呼ばれたい。

 名前……イースト キャッスルから変えようかな、と東城は思っていた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

私の赤い糸はもう見えない

沙夜
恋愛
私には、人の「好き」という感情が“糸”として見える。 けれど、その力は祝福ではなかった。気まぐれに生まれたり消えたりする糸は、人の心の不確かさを見せつける呪いにも似ていた。 人を信じることを諦めた大学生活。そんな私の前に現れた、数えきれないほどの糸を纏う人気者の彼。彼と私を繋いだ一本の糸は、確かに「本物」に見えたのに……私はその糸を、自ら手放してしまう。 もう一度巡り会った時、私にはもう、赤い糸は見えなかった。 “確証”がない世界で、私は初めて、自分の心で恋をする。

めぐり逢い 憧れてのち 恋となる

葉月 まい
恋愛
……あなたが好きです。4年前から、ずっと…… きっかけは小さな出来事 でもあなたは私を導いてくれた あなたに憧れて 自分の道を見つけられた いつかまた出逢えたら…… *⟡.·✼ ┈┈ 登場人物 ┈┈ ✼·.⟡* 青山 花穂(25歳) … 空間デザイナー 浅倉 大地(31歳) … プロデューサー 美大生の頃、とあるジュエリーショップに魅入った花穂は、その空間をプロデュースした男性に優しい言葉をかけてもらう。 その人と同じ会社を目指し、晴れて空間デザイナーになれたが、4年ぶりに再会したその人は、まるで別人のように雰囲気が変わっていた。

Fly high 〜勘違いから始まる恋〜

吉野 那生
恋愛
平凡なOLとやさぐれ御曹司のオフィスラブ。 ゲレンデで助けてくれた人は取引先の社長 神崎・R・聡一郎だった。 奇跡的に再会を果たした直後、職を失い…彼の秘書となる本城 美月。 なんの資格も取り柄もない美月にとって、そこは居心地の良い場所ではなかったけれど…。

Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?

キミノ
恋愛
 職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、 帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。  二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。  彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。  無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。 このまま、私は彼と生きていくんだ。 そう思っていた。 彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。 「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」  報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?  代わりでもいい。  それでも一緒にいられるなら。  そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。  Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。 ――――――――――――――― ページを捲ってみてください。 貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。 【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。

残業帰りのカフェで──止まった恋と、動き出した身体と心

yukataka
恋愛
終電に追われる夜、いつものカフェで彼と目が合った。 止まっていた何かが、また動き始める予感がした。 これは、34歳の広告代理店勤務の女性・高梨亜季が、残業帰りに立ち寄ったカフェで常連客の佐久間悠斗と出会い、止まっていた恋心が再び動き出す物語です。 仕事に追われる日々の中で忘れかけていた「誰かを想う気持ち」。後輩からの好意に揺れながらも、悠斗との距離が少しずつ縮まっていく。雨の夜、二人は心と体で確かめ合い、やがて訪れる別れの選択。 仕事と恋愛の狭間で揺れながらも、自分の幸せを選び取る勇気を持つまでの、大人の純愛を描きます。

再会したスパダリ社長は強引なプロポーズで私を離す気はないようです

星空永遠
恋愛
6年前、ホームレスだった藤堂樹と出会い、一緒に暮らしていた。しかし、ある日突然、藤堂は桜井千夏の前から姿を消した。それから6年ぶりに再会した藤堂は藤堂ブランド化粧品の社長になっていた!?結婚を前提に交際した二人は45階建てのタマワン最上階で再び同棲を始める。千夏が知らない世界を藤堂は教え、藤堂のスパダリ加減に沼っていく千夏。藤堂は千夏が好きすぎる故に溺愛を超える執着愛で毎日のように愛を囁き続けた。 2024年4月21日 公開 2024年4月21日 完結 ☆ベリーズカフェ、魔法のiらんどにて同作品掲載中。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

処理中です...