あやかし吉原 ~幽霊花魁~

菱沼あゆ

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第一章 幽霊花魁

幽霊花魁の正体

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 扇花屋に着くと、桧山を部屋に残し、那津は階段下へと下りた。

 内所の左衛門と目が合ったが、やれやれ、という顔をしただけで、とがめられることはなかった。

 まあ、引手茶屋ひきてぢゃやから連絡が入っているだろうから、自分が来たことは知っていたのだろうが。

 お金を落としてくれるのなら、少々の面倒事はいいということか。

 入り口に背を向けるようにしつえられている階段。

 その下に立つと、華やかな酒宴の声が聞こえてくるにも関わらず、なんだかじっとりとした雰囲気で落ち着かない。

 いきなり後ろで女が笑い出したと思ったら、生きてはいない遊女だった。

 笑ったり叫んだり、めまぐるしく、その態度を変えながら通って行く。

 生きているうちに気がふれて、死んでもまだそのままらしい。

 もうお前を苦しめるものはないのにな、と思いながら、何も出来ずにそれを見送った。

 見れば、左衛門もまた、それを目で追っていたから、彼にもこの霊が見えているのだろう。

 遊女に祟られて一人前とでも言いたげな発言をしていた左衛門だが。

 その瞳を見ていると、少しは哀れに感じているようにも見えた。

 左衛門は重い身体で立ち上がり、側まで来る。

「此処に見えるんですかな、貴方には」

 幽霊花魁など私には見えません、と左衛門は言う。

 やけにきっぱりとした口調だった。

「そんなものは、みなの罪悪感が作り出した幻ですよ」

 罪悪感?

 左衛門は質問を避けるように頭を下げ、そこを去る。

 桧山の居る部屋に戻ろうと、階段を上がりかけたとき、上に誰かが立っているのに気がついた。

 新造のような装束を着て、壁に背を預けるその女はこちらを見下ろしている。

 可愛らしい顔に似合わぬ冷めた目で。

 そこまで上がっていくと、自分を見上げて彼女は言った。

「罪悪感ねえ」
と呟く。

「ねえ、お坊様、幽霊花魁には会えた?」

「ああ、会えたよ」

 へえ、と笑う彼女に、
「幽霊花魁はお前だろう、咲夜さくや
と言うと、彼女は壁から背を浮かして言った。

「そう言う人も居るわね。
 でも、もともとの幽霊花魁は私じゃないの」

 その視線は真っ直ぐ階段の下を見ていた。

「階段下の霊か。
 俺には見えない」

「そうね。
 貴方に見えるはずがないわ。

 というか、此処数日は他の人にも見えないことの方が多かったはずよ」

「どういう意味だ」

 咲夜は無言で足許にあった灯籠を持ち上げ、こちらに向けると、壁を指差した。

 そこには自分の影と、肩に手を置き、覆い被さるようにしている女の影が映っていた。

「噂の幽霊花魁は、貴方が気に入ったみたいね」

 見えないはずだ。
 俺の後ろに憑いていたとは、と那津は思う。

 そういえば、桧山も階段下の霊は見えたのかと訊きながら、自分の後ろを眺めていたなと気がついた。

「貴方が気に入ったからなのか。

 それとも、桧山姉さんに幽霊花魁を退治するよう、貴方が言われたからなのか。

 ……他に行くべきところがあるでしょうにね」

 そう淡々と咲夜は、もうひとりの『幽霊花魁』について語る。

 他に行くべきところとは、あの世のことだろうか、と思いながら、那津は咲夜に確認する。

「幽霊花魁についての噂話が錯綜さくそうしていたのは、幽霊花魁と呼ばれるモノが二人居たからなんだな?」

 ひとりは階段下の霊。

 そして、もうひとりがこの生きた咲夜だ。

 咲夜は、そんな那津の問いには答えず、
「ねえ、ちょっと来る?」
と言いながら、階段近くの壁を向く。

 そこは、あの町人風の男が張り付いていた壁だった。

 そこに手を伸ばした咲夜は板の小さな節にその細い指を突っ込み、引っ張った。

 壁が回転し、隠し部屋が現れる。

 ちょうど笑い声とともに、近くの障子が開く音がした。

 咲夜が落ち着き払っているので、こちらがハラハラしたが、廊下に人の気配がする前に、咲夜とともに、その部屋に滑り込めていた。


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