あやかし吉原 ~幽霊花魁~

菱沼あゆ

文字の大きさ
8 / 58
第一章 幽霊花魁

扇花屋の秘密

しおりを挟む
 

 いい香りが漂うその部屋は、まるで桧山の部屋のようだった。

 一流の調度品が揃っている。

 二部屋もとってあるのは、此処に閉じ込められているらしい咲夜が、不自由ないようにだろうか。

 なんにせよ、一介の遊女にしてはいい扱いだ、と那津は思った。

「どうぞ、座って」

 素っ気なく座布団を勧めたあとで、咲夜は寛いだように脇息に寄りかかる。

 遊女というより、何処ぞの姫のような雰囲気だった。

「桧山姉さんに、もう来なくていいって言われたんでしょう?
 なにしに来たの?」

「いきなり此処で終わりだと言われて納得できるか。
 第一、金だけもらって、俺は何もしていない」

「口止め料と手切れ金みたいなものでしょ。
 これ以上、関わるなってことよ。

 なのに、もらった金以上の金を払って、此処に来るとか、ほんとうに変わってるわね」

 呆れたように咲夜は言うが、ちょっと楽しそうにも見えた。

 だが、此処へ来た理由は、今、咲夜に語ったことだけではない。

 あの日、此処で見た咲夜が、毎晩、金持ちの男に買われて表に出てこないという、生きている方の『幽霊花魁』の正体なのではないか。

 そう思い、ずっと気になっていたのだ。

 こうして隠し部屋まで見せてくれた咲夜は話してくれる気があるのだろうと思い、もう一度、確認する。

「咲夜。
 お前が幽霊花魁なんだな?」

 階段下以外でも多数目撃されている幽霊花魁。

 その正体は咲夜だと那津は踏んでいた。

 ま、たぶんね、と咲夜は認める。

「私がそう名乗ってるわけじゃないんだけど。

 私と――

 今は貴方の後ろに居る階段下の霊がそう言われているのよ」

 そう言いながら、咲夜は那津の後ろを見た。

「此処に隠れ住んでいるお前を見た奴を誤摩化すために、そんな噂を広めたのか」

「こっちが作った噂じゃないわ。
 いつの間にかそういう話が出来てたのよ。

 左衛門はそれを利用しただけ」

「お前は何故、こんなところに閉じ込められている」

「世間の噂そのままよ。
 私は或るお金持ちに囲われているのよ。

 毎晩、買っておいて、その人が来ないだけ」

「それはまた、酔狂な男だな」

「そうねえ。
 まあ、来るときもあるんだけど。

 なんだか私に触れるのが怖いらしいわ。
 私が普通の遊女になってしまいそうで」

 いや、普通の女かな、と咲夜は言い直す。

「私なんて、最初から普通の人間よ。
 あの人が勝手に、私の中になにか違うものを見てるだけ」

 咲夜は引手茶屋にあったのと同じような、意匠を凝らしたびいどろの行灯に視線を向ける。

 高価な蝋燭の灯りに照らし出された咲夜の横顔には、外で見る彼女とは違う、大人びた影があった。

「ねえ、本当はなにしに来たの?
 ただ、依頼が途中で終わって納得できなかったからってわけじゃないんじゃないの?」

 そんな咲夜の問いに、那津は答えなかった。

 それを口にしていいのかわからなかったからだ。

「当ててあげましょうか?

 貴方は疑問に思っている。

 何故、桧山姉さんがその辺の実績ある坊主ではなく、貴方を呼んだのか。

 何故、幽霊花魁を始末してくれと姉さんが頼んだと知って、左衛門が貴方にもう来ないよう言ったのか」

 左衛門、と咲夜はまた楼主を呼び捨てた。

 ちょっとした侮蔑が感じられたが、心底嫌っている風にも見えないのは、同じ吉原の地で生きる者同士だろうか。

 二人は同じ闇を抱えているように見える。

「で、此処へ来て、その謎は解けたの?」

 外で見るのとはまったく違う大人びた妖しい笑みを浮かべ、咲夜はそう訊いてきた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜

上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■ おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。 母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。 今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。 そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。 母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。 とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください! ※フィクションです。 ※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。 皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです! 今後も精進してまいります!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...