あやかし吉原 ~幽霊花魁~

菱沼あゆ

文字の大きさ
20 / 58
第二章 覗き女

渋川屋の若旦那

しおりを挟む
 

「どうしたの? 荒れてるね」

 渋川屋の若旦那、周五郎しゅうごろうの碁の相手をしていた咲夜は、いきなりそう言われ、は? と顔を上げた。

 あのお仕置き部屋の女たちが自分の未来のような気がして、気になってしまい、打つ手に乱れが生じていたようだった。

 すみません、と謝り、碁に集中しようとしたとき、周五郎が言った。

「そういえば、今日の花魁道中も荒れてたよ」

「えっ?」

「吉田屋の愉楽ゆらくと桧山が行き合わせて、愉楽が桧山に食ってかかってね」

 幾ら奇麗でも、ああいう手合いはいけないね、とおっとりとした口調で周五郎は言ってくる。

「吉田屋の愉楽ゆらくって、確か、桧山ひやま姉さんを目のかたきにしてるとかいう」

 今、この吉原では、此処、扇花屋の桧山と、吉田屋の愉楽のどちらが吉原一の花魁かと火花を散らしている真っ最中のようなのだ。

 愉楽って人のことはよく知らないけど、吉原一の花魁は桧山姉さんに決まってる、と咲夜は思っていた。

「なにを争ってるんだろうねえ。
 人には好みのというものがあるのだから。

 誰にとっても一番というものはないだろうにね」

 周五郎はそんな真っ当なことを言うが。

 双方の店は、そうやって、二人の争いを盛り上げて話題作りにしようとしているのだろう。

 そう咲夜は思っていた。

「しかし、何故、あの二人で吉原の頂点を争うんだろうねえ」

 不思議そうに呟いた周五郎は、

「顔だけなら、お前の方が奇麗だよね」

 照れもせずにそんなことを言ってきた。

 吉原に通ってくるわりには、粋な遊び人というわけでもなく。

 女たちに気の利いた褒め言葉を投げるでもない周五郎だが、時折、真面目な顔で褒めてくる。

 いや、褒めているのか、ただ淡々とやり手の商人らしく、分析しているのかよくわからないが……。

 とりあえず、

「あ、ありがとうございます」
と碁を打ちながら、咲夜は礼を言った。

 桧山姉さんに見られたら叱られそうだな、と思いながら。

 せっかく褒めてくれたのだから、もっと客の気を引くような受け答えをしないといけないのだろうが。

 自分は照れて目も合わせられず、ただ碁盤の目を見つめていることしかできない。

 完全に遊女失格だな、と咲夜は思っていたが。

 顔を上げると、周五郎はやさしく笑って自分を見ていた。

 そんな顔されると照れるんですけど、と思う咲夜に、周五郎は温厚な笑顔のままロクでもないことを言ってくる。

「あれはさ。
 近々、なにかあるよね」

 近々、なにがあるんですかね……?

 笑った周五郎に合わせるように、咲夜も笑ったが。

 なんか怖い……と思っていた。

 桧山と愉楽。

 吉原の二大花魁の大激突。

 なにかこう、嫌な予感しかしないんだが、と咲夜が思ったとき、周五郎がふと思い出したように言ってきた。

「咲夜、今日はなにか面白いものはないのかい?」

 その笑い顔に、なんのことを言われているのか気づき、

「……や、やめてくださいよ」
と咲夜は後退りかける。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜

上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■ おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。 母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。 今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。 そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。 母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。 とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください! ※フィクションです。 ※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。 皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです! 今後も精進してまいります!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...