あやかし吉原 ~幽霊花魁~

菱沼あゆ

文字の大きさ
41 / 58
第三章 のっぺらぼう

よく似た男と襲われた女

しおりを挟む
 

 道具屋を出て歩いていると、雇っているならず者たちと話している小平と出会った。

 少し離れた位置から那津は呼びかける。

「小平。
 ……小平。

 小平」

 振り向かないので、足許の小石を拾って軽く投げた。

 しかし、さすがにそこは、まさかの町と言われる江戸の同心、振り返らずに受け止める。

 あのときぬかったのは、やはり、単に斬るかどうか迷っていたからなのだろう。

「なんの用だっ」

「誰ですか、こいつ。
 小平様に石を投げるなんて」
とならず者のひとりが言う。

 小平は、にやりと笑い、
「あのときの与力様だよ」
と言った。

 ああ、と言った連中の表情が変わる。

「普段はこういう怪しい坊主のような風体をして、人目をはばかっていらっしゃる。
 隠密与力の忠信様だ。

 世間的には死んだことになっているから、気をつけて物を言え」

 さっき、その忠信様の父親らしき人物にあったんだが、と那津が思ったとき、

「男を取り逃がしてしまいやして、申し訳ございやせん」
と男たちは改まった調子で謝ってきた。

 その中のひとりが少し考える風な顔をして言う。

「……忠信様。
 そういや、以前、お名前、伺ったことがありやすね」

 小平~っ、と那津は睨む。

 本人を知ってる奴が居るじゃないかっ、と思ったのだ。

 だが、その男も話に聞いたことがあるというだけで、忠信自身のことはよく知らないようだった。

「確か、小平様がお父様の後を継いで、同心になられる前に亡くなられたような」

 それで、小平とは面識がなかったのか、と思いながら、那津は彼らに頼む。

「すまないが。
 辻斬りの話、俺はすべてを知ってるわけじゃないんで、詳しく教えてもらえないだろうか」

 へえ、とひとりが腰低く話し出した。

「最初は吉原に物見遊山に行った女のひとりが襲われたんですよ。
 みんなで帰ってる途中、茶屋を眺めていて遅れて、人気のないところで手を切られたらしいです」

「手? 腕じゃなかったのか?」

「えーと、確か、手でしたよ。
 次の女は手首辺りを。

 その次は、こう、肘の辺りを」
と男は己れの肘を曲げ、触ってみせた。

「こうして改めて聞いてみると、段々、切られる位置が上がってってるな」
と小平が言う。

「場所が移動してってるから、『腕』とひとまとめに語られているわけか。
 出来れば、正確な場所を知りたいんだが」

「そうですねえ。
 最初の女以外ははっきりすると思いますよ」

 那津の言葉に男は困ったようにそう答えた。

「なんで最初の女は駄目なんだ?」

「いえね、田舎から見物に来た娘だったんで」
と言いながら、男は小平を見る。

 小平は渋い顔をしながら、教えてくれた。

「確か手の甲をやられてたと聞いた気がするな。
 三番目の娘以外はうちの管轄じゃないから、それまでの事件はよく知らんのだが」

 みなそれぞれが自分の知っている話を語り、丁寧に頭を下げて去っていった。

 そんな彼らを見送りながら、那津は言った。

「なんだか申し訳ないな。
 あいつら、俺を忠信様だと思ってるんだろう?」

 なりすまして立場を利用しているようで、落ち着かない、と那津は言ったが、小平は笑って流す。

「なあに、あいつらがお前にペコペコするのは、お前が与力だからじゃないぞ。
 お前の剣さばきを見たからだ」

 小平は自分が褒められたかのように得意げだった。

 そんな小平の様子をちょっと可愛らしく感じながらも、那津は言った。

「小平」
「うん?」

「お前、今日、道具屋に行って、物言いたげな顔をしていたらしいな」

 小平は黙っている。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜

上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■ おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。 母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。 今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。 そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。 母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。 とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください! ※フィクションです。 ※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。 皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです! 今後も精進してまいります!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...