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第三章 のっぺらぼう
戻ってきた日常
しおりを挟む引手茶屋まで周五郎を見送る咲夜に、那津たちもついて行っていた。
最後の夜桜の舞い散る中、なんだか落ち着かない気持ちになるのは、こんな姿の咲夜を見たせいか。
それとも、周五郎を初めて見たせいか。
すっきりとした男前の周五郎は、思っていたのとまるで違っていた。
そして――。
周五郎は最後まで笑顔で咲夜と別れた。
彼女に指一本も触れることなく。
今日はそれで終わるのだろうが、いつか訪れるだろう『その日』が怖くもあった。
咲夜の手前、なんの未練もなさそうに去っていく周五郎だが、彼の内心がそれとは違うことを自分は知っている。
「本当にもう終わりだな」
晴れ晴れとした顔で、小平が桜を見上げた。
まだ花はついているが、恐らく美しくなくなる前に、また何処かの山へと持ち去られることだろう。
まるで、此処の遊女たちのようだと那津は思った。
あの遣手婆だとて、まだ充分女の盛りではあるのだが。
落ちていくさまを客に見せるのは粋でない、という考えがこの吉原にはあって。
それで、早くに女たちに身を引かせるのだろう。
客をとるのは辛かろうが、もう終わった女として扱われながら、此処に残るのも辛いような気がするのだが……。
まあ、女の心情の本当のところなぞ、自分にはわからないから――。
そんなことを思いながら、那津は小平とともに、散りゆく桜を眺めていた。
久方振りに現れた明野は見た事もないほど美しい女になっていると評判になり。
そんな明野を毎晩買う渋川屋は一体、どれだけの金を積んでいるのだろうと噂された。
数日後、那津が道具屋の前で小平たちと串団子を食べていると、町人たちが話しているのが聞こえてきた。
「いや~、運良くその日、吉原に居て、見ちまったんだよ、噂の明野を。
もの凄い別嬪だった。
ありゃあ、桧山を越えるねえ。
……まあ、ちょっとばかし化粧が濃かったが」
そちらに、するりと背を向け、団子を食べていた咲夜が吹きそうになる。
「なんでい。
じゃあ、桧山の方がいい女じゃねえか。
今はすっぴんが粋だろうよ」
そのあとも、他の遊女の品定めをしながら、男たちは歩いていってしまう。
「な?
化粧してないお前が顔晒して歩いても全然、大丈夫そうだろ?」
笑う隆次に、
「な、じゃないわよっ」
と咲夜が叫ぶ。
「だって、姉さんに似せるために化粧濃くしたんだもん。
しょうがないじゃないっ」
本当の兄妹のような二人のやりとりを見ながら、那津は思う。
実のところ、すっぴんと化粧とで、そう顔立ちが変わっているわけでもないのだが。
今、此処に居る咲夜はカラッと明るい町娘にしか見えないので、誰も遊女だとは思わないだろう。
小平も自分も笑ったが、少し厭な予感もしていた。
咲夜が顔を晒してしまったことが。
よくない未来を呼び込んでしまうような。
そんな気がしていた――。
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