ご先祖さまの証文のせいで、ホテル王と結婚させられ、ドバイに行きました

菱沼あゆ

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月末までに、お前を払ってもらおう

誰がいい?

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 迎えに来た車に乗り、空港を出ても、まだ外は薄暗く、夜明け前の雰囲気だった。

 夏のドバイは気温が50度以上になったり、湿度が100%になったりと大変だが。

 冬は過ごしやすい。

 今が一番いい時期だった。

 後部座席に座る真珠は横に座る桔平とは距離をとり、窓の外を眺めていた。

 雲海のような霧の中から幾つもの最新の高層ビルが覗いている。

 そんな幻想的なドバイの街には不思議な額がある。

 街中にいきなり現れる世界最大の額縁、ドバイフレームだ。

 そのゴールドのレームの上部にはスカイデッキがあり、そこから、ふたつのドバイが一望できるらしい。

 高層ビルが建ち並ぶ近未来都市のような現在のドバイと、昔のままの町並みが残るオールドドバイ。

 そして、その巨大な額縁、ドバイフレームももちろん、霧の中に突き立っている。

 なんか現実に存在しているとは思えない感じの街だな……と真珠は思う。

 そんな始まり方だったせいか。

 真珠は、旅の間中、すべてが現実ではないかのように感じていた。

 まあ、そもそも、二度と会わないと思っていた夫に呼び出されたところから、夢のような気がしているのだが――。



「どうする?
 俺の職場に来るか?」

 ドバイフレームを過ぎた頃、ふいにそう問われ、え? と真珠は振り向いた。

「せっかく来たんだから、挨拶とかするか? 妻として」
と言われ、いえ、結構です、と断る。

 桔平は前を見たまま、呟いた。

「そうか。
 まあ、お前は第三の女だからな」

 真珠は、はっ、と身構える。

 この人、第一夫人とか、第二夫人とかいるのかっ、と思ったが。

 この国にいても、桔平の国籍は日本だった。

「お前はラジオ体操第三みたいなものだから」

「……なんですか、それは」

「そんな奴いたのか、とか。
 いるとは聞いてたけど、幻だと思ってたとか。

 見てみたら、そんなもんかとか」

 ……最後のは余計じゃないですかね?

「じゃあ、今日は特に用もないから、ウロウロしてたらどうだ」
「私ひとりでですか?」

 必要なら誰かつける、と桔平は言う。

「では、私が……」
と助手席から言ってくる侑李を遮り、桔平はようやくこちらに振り直り、言ってきた。

「今、手が空いてるのは誰がいたかな?

 ああ、そうそう。
 運転手のじいさんと事務のじいさんと、パイロットのじいさん、どれがいい?」

 ……何故、全員じいさん。

 温厚で博識なおじいさんたちだから、観光案内によさそうだとか?
と思う真珠に、もう一度、桔平が訊いてくる。

「六十代と七十代と八十代。
 誰がいい?」

 今のおじいさんたちの年齢を言ってみたようだ。
「八十代の方までいらっしゃるのですか? 会社に」
と言うと、昔世話になった人だからと桔平は言う。

 それで雇ってさしあげているのですか。
 ちょっといい話でしたね、と思う真珠に桔平が訊いた。

「まあとりあえず観光でもしてこい。
 何処へ行く?」

 そうですね~、と言ったとき、真珠の頭に、機内で見たニセモノの星空が浮かんだ。

「じゃあ、モルディブに行きたいです」
「……今、ドバイに着いたんだよな?」

「だって近いじゃないですか、此処から」

 私、好きなんですよ、モルディブ、と真珠は言う。

「明日、私は必要ですか?
 もし、必要ないのなら、今から飛び立ち、モルディブで一泊してきます。

 何処かヴィラ、空いてますかね?」

 なんと落ち着きのない女だ、と桔平の顔には書いてあった。

「もちろん、あなたに呼ばれたときは、すぐに飛んでいきますよ。
 ……そう言ったじゃないですか」

 そう言うと、桔平は黙る。

「でも、せっかくこんな遠くまで来たんだから、空いている時間は有意義に使おうかなと」

 そう言い真珠は笑ってみせた。

 わかった……、と桔平は頷く。

「ちょっと待て。今から手配する。
 夜には俺も行こう」

 いや、来なくていいです。
 緊張するから、と真珠は思っていた。


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