ご先祖さまの証文のせいで、ホテル王と結婚させられ、ドバイに行きました

月末までに、お前を払ってもらおう

五年もほっといたのに？

　そんなやりとりのあと、何十代のだかわからないが、おじいさんに自家用飛行機でモルディブに送ってもらった。

　モルディブもドバイと同じく、到着時に観光ビザを出してもらえるので特に問題はなかった。

　ひとりでも大丈夫だと言ったので、観光について来てくれるおじいさんはいなかったが。

　モルディブは初めてではないので、ひとりでウロウロしてみた。

　

「私が飛行機飛ばしましたのに」

　職場に戻った桔平に侑李がそう言ってきた。

「……いや。
　なにか間違いが起こってはいけないからな」

　俺の恥になるだろ。
　俺も手をつけていないのに、と桔平は言う。

「羽島はじまさん、腕はいいですけど、かなりのお年ですよ？」

　奥様になにかあったらどうするんですか、と言われたが、いや、イケメンパイロットとなにかあるくらいなら死ね、と思っていた。

「羽島さんは信頼できるからな」
「私よりもですか？」

「ああ」

　いろんな意味で……と思う桔平がなにを考えているのかわかっているかのように侑李は笑っていた。

　

　モルディブだ。
　久しぶりだな。

　こっちは天気もいいし。
　抜けるような青空だ。

　真っ白な砂浜を歩き、何処までも広がる空と淡い水色の海を見ながら、真珠は思い出していた。

　空港に着いたあと、このヴィラのある場所まで水上飛行機で移動した。

　青い海に浮かぶ、1200の島々と26の環礁。

　空から見下ろすと、まるでネックレスのように連なっていて。

　インド洋に浮かぶ真珠の首飾り、と呼ばれるのもわかる絶景だった。

　空港でパイロットの羽島も帰ってしまったので、真珠は水上のガゼボでひとり昼食をとる。

　谷中もいいけど。

　この燦々と照りつける太陽を眺めながら、木陰でぼんやり昼寝するのもいいな。

　うっかり本もタブレットも持ってくるのを忘れてしまったので、真珠はヴィラにあった読めそうな英語の雑誌を手に、砂浜に出てみた。



　ピンクと紫の混ざり合った空の色が海に溶け込んでいる。

　桔平はそんな何処までもつづく空と海をぼんやり眺めながら砂浜を歩いていた。

　仕事が一段落したので、落ち着きのない妻を追ってモルディブに来たのだ。

　羽島さんも帰ってきてるし。

　ひとりで寂しがっているのでは……と思ったが。

　真珠は椰子の木のパラソルの下、木製のサンベッドで爆睡していた。

　海に溶け込むようなアクアブルーのサマードレスから伸びた細く長い白い脚。

　最初から読む気があったのかわからない英語の雑誌がブランケットのように腹にかかっている。

　サイドテーブルには山盛りのトロピカルフルーツにココナッツのカクテル。

　……めちゃくちゃ満喫しているようだ、と思いながら、滅多に見かけない妻を見下ろしていると、気配を感じたのか真珠は目を覚ました。

「……おはようございます」
「おはよう、夕方だが」

　細かいことを言う人だな、という顔をして、真珠は起き上がる。

　そして、海に沈みゆく夕日を見て驚いていた。

「夕方じゃないですかっ」

　いや、今、夕方だと言ったろう……。

　真珠は、一日損した、という表情だった。

「いや～、飛行機でも結構寝たんですけどね。
　波の音と風が気持ちよくて、つい、うとうとしちゃって」

　日は更に落ちてきて。

　不思議な色合いの空気の中。
　他のヴィラとあちこちに生えている椰子の木が影絵のように見えて幻想的だったが、目の前の妻は、

「なにしに来たんですか？」
とロマンのかけらもない口調で訊いてくる。

「……珍しく妻が来てるんだ、会いに来ては悪いのか」

　五年もほっといたのに？　という顔をするが。

　いや、お前がほっとけと言ったからだろう、と桔平は思っていた。