ご先祖さまの証文のせいで、ホテル王と結婚させられ、ドバイに行きました

菱沼あゆ

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スークと砂漠に行きました

恋の病かな

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「そういえば、砂漠から戻ったとき、中庭で有坂さんだと思って話しかけてたの、ラクダだったんですよ」

 しかも、生きてない、と真珠は言った。

 乗って写真を撮ったりできるラクダの彫像だったのだ。

「だろうな」
と桔平は部屋に入りながら言う。

「なんで、だろうな、なんですか?」

「いや、生きてるラクダなら、じっとお前のくだらない話を聞いてないだろうよ」

 いや、ラクダに私の話がくだらないかどうか判断できるんですかね……。

「ちょっと呑むか」

 アラビアの王様の寝室みたいな部屋にあるミニバーを見ながら桔平が言う。

 さっき、もう結構呑みましたよ、と真珠が言うと、

「まあ座れ」
と桔平はキングサイズのベッドに腰掛け、自分の隣を叩く。

「……いえ、結構です」

 逃げ腰な真珠を冷ややかな目で見て桔平は言った。

「この部屋、ベッドひとつしかないぞ」

 ええっ? と真珠は辺りを見回す。

「ベッドルームって、普通、二、三個ありますよねっ?」

「所詮はお嬢様か……」
と桔平は鼻で笑ったあとで、

「新婚さんの部屋には、ベッドはひとつでいいだろう。
 なあ、第三ラジオ体操」
と小莫迦にしたように言う。

「そんなお前だが」

 いや、どんなお前なんですか……。

「さっき、俺を見つけて駆け寄ってくる姿を見て、うっかり可愛いと思ってしまった。

 恋のやまいかな。

 普段だったら、どうやったらホテルの中で迷子になるんだ、このボケが、と思うのに」

 きっと、なにかのフィルターがかかってるんだな、と自分で言う。

「……きっとすぐにそんなフィルター外れて、私に呆れてしまいますよ」

 かもな、と言ったあとで、桔平は真珠の腕をつかんで言う。

「でも、今はお前が欲しい」

 まっすぐに見つめてくる桔平に真珠は言った。

「……すぐに呆れるかもしれないのに?」

「永遠の愛なんてないよ、真珠。
 ずっとお前を好きでいる自信なんてない」

 どんな口説き文句ですか。

「だから、今、お前が欲しい」

「そ、そんな不安定なこと言う人とは添い遂げられませんっ」

 心配するな、と桔平は笑ってみせた。

「明日くらいはまだ同じこと考えてるから」

「あ、当たり前ですっ。
 そんな簡単に気持ちがコロコロ変わるような人怖いですっ」
と真珠は言い、桔平の手を振り解こうとしたが、解けなかった。

「……明日はまだお前のこと好きだろうな~って、昨日思ったんだ。

 で、今日も、明日はまだお前のこと好きだろうな~って思ってる。

 だから……

 きっとあさっても、そう思ってる」

 桔平は真珠の腕をつかんだまま、立ち上がった。

「あさっても、しあさっても……、

 俺もお前も歳をとっても。

 生まれ変わってもずっと思ってるかもしれないな」

 俺は永遠なんて信じない、と桔平は言った。

「この案件は絶対大丈夫だと思ってたのが、いきなりくつがえったりするからな」

 いや、いきなり仕事の恨み言を絡めてこないでください……。

「でも、毎日、お前のことを好きになるかもな、とは思う」

「やっ、やっぱりあなたは悪い人ですっ」

 真珠はそう言い、桔平の手を外そうと腕を振った。

「そんな、クラッと来るようなことをしれっと言うなんてっ」

「クラッと来たのか」

 真珠を見下ろし、桔平は真顔でそう訊いてくる。

「じゃあ、キスくらいはしてもいいか」

「よ、」

 よくありませんっ、と言う前に、桔平が少し屈んでキスしてきた。

「うん、結婚式以来だな」

 いや、あのときはちょっと触れただけだったが、と言う。

 桔平の手が離れたので、
「おっ、おやすみなさいっ」
と真珠はその場を離れようとした。

「何処へ行く。
 この部屋のベッドはこれひとつだし。

 今日はこのホテル、部屋は他に空いてないぞ」

 心配するな、と言った桔平は、
「今日はキスしたから、もういいぞ。
 早く寝ろ」
と言う。

「この線からそっちがお前な」

 そう言いながら、夕方、砂漠で買った二頭のラクダをベッドの真ん中に縦に置いていた。

「これ、仕切りな。
 ちなみに、この背中に青いの載せてるのが俺、赤いのがお前。
 可愛いだろ」

「ほんと、可愛いですね」

 真珠がガラス細工のラクダを見て言うと、

「いや、可愛いの俺。
 このラクダ見たとき、赤いのがお前で、青いのが俺、と思って買ったんだ。

 ……中高生みたいだろ」

 中高生のとき、そんなことしたことないけどな、と言った桔平は、鞄を取りに行く。

「俺はちょっと仕事するから、お前、先に風呂に入れ」

 あ、はい、と真珠はそこで素直に従い、バスルームに行った。

 洞窟風の浴室で、なにかこう、遺跡の中で全裸になるような気恥ずかしさがあったが。

 石鹸から漂う乳香の香りに落ち着く。

 お湯には赤い薔薇が浮いていて。

 なんていうか、こう、クレオパトラって感じだな、と桔平が聞いていたら、

「いや、ここ、ドバイな……」
と言ってきそうなことを思いながら、砂漠の中とは思えないたっぷりな湯に浸かっていた。


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