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家も本人も無害そうという理由で、王子妃候補になりました
宰相様がやってきました
しおりを挟む「このようにもてなしてくださらなくても良かったのだが」
ユイブルグ家の古く広い食堂で、宰相アルベルトはそう言った。
領地で手に入る最上級の羊肉。
村一番の職人が程よく熟成させて持ち込んだそれを、この館一番の料理人が良質なスパイスを使って焼き上げた。
その羊肉をメインとした、豪華ではないかもしれないが、愛情を込めた手の込んだ料理の数々。
長いテーブルに並ぶそれらを前に、宰相アルベルトは渋い顔をしていた。
父親の後を継いで宰相となった彼は、まだ若く美しかったが。
王家のためだけに動く彼は他の貴族たちには容赦がなく。
あまり評判はよろしくなかった。
ただ、王の忠臣であるこのユイブルグ家では、アルベルトを好ましく思っているので。
うちなんぞになんの用があるんだろうな、と思いながらも、彼を大歓迎した。
「私はちょっとした報告をしに来ただけなので」
そう言うアルベルトをユイブルグ家の二番目の娘、マレーヌはうっとりと眺めていた。
騎士のように鍛え上げられた体躯。
艶やかな黒髪に、鼻筋の通った凛々しい顔立ち。
宰相様っ。
透明度の高い氷の如き、その澄んだ瞳で見下されたいですっ。
などと祈るように、アルベルトを見つめるマレーヌの横から、ちょっと緊張した面持ちで父、ユイブルグ公爵が訊いた。
「ご報告とは?」
いつ罠にかかって反逆罪で投獄されるかもわからない貴族社会。
アルベルトの母親は祖母が王族の出、隠居したアルベルトの父も王族の出。
父方の祖母は強い力を持つ元神殿の巫女。
本人の実力と王家からの信頼。
そして、強力なバック。
今のアルベルトはまさに怖いものなしだった。
この間も、王家にとって目障りな最大勢力の大臣を葬ったばかりだ。
そんな宰相様が、こんな我が家に、一体、なんの話がっ、と今更ながらにユイブルグ家の人々は困惑する。
うちは公爵家ではありますが、権力には特に興味もなく。
ただ日々、平々凡々とすぎていけばいいと思っているだけの貧乏公爵家ですよっ、と一家でアルベルトを見つめていると、彼はついに本題に入った。
「ユイブルグ公爵。
実はお前たちの娘、マレーヌを第一王子の妃に迎え入れようということになったのだ」
ええっ? とみなが驚く。
「何故ですかっ?
王子の妃には、もっと良家の娘がなるはずではっ?」
「資産的にはどうだか知らぬが、ユイブルグ家は公爵家であろう。
なんの不足もない」
はあ、そういえば、そうなんですが。
ふだん、庶民的な生活をしているので、そのこと、忘れがちなんですよね~とマレーヌは思う。
「あの、でも、エヴァン王子には、ユリア様という許嫁がいらっしゃいますよね?」
身を乗り出し、父がそう訊く。
「あれは浪費癖があり、王子のためにならぬと議会で判断したのだ。
ユリア嬢は、本人も問題であったが。
父親が権力欲が強くて困っていた。
いろいろ王家の方針にも口を出してきて厄介だったのだ。
みなで話し合った結果、王子の嫁も嫁の実家も、無害なのが一番、という結論に達したのだ」
あー、確かに我が家は無害だということに関しては、国一番かもしれませんね~、とマレーヌは思う。
「マレーヌ殿は――」
マレーヌの結婚話であるのに、アルベルトの視線はそこで初めてマレーヌを向いた。
「王立学校での成績もまあ良く。
見てくれも正妃として恥ずかしくないくらい、まあ良く。
性格は温厚。
どこでも問題を起こしたことがない。
なにもかも程々なので、ちょうど良いと議会で決まったのだ」
この娘はなにもかも程々で良い、と議会で話し合われていたのか。
それもどうだかな……とマレーヌは思っていたが、やり手のアルベルトは、ぐいぐいこの結婚話を進めようとする。
「ユリア嬢のことなら心配されるな。
ちょうど隣国の王が活きの良い第三妃を探していたのだ。
推挙しても良いと申したら、すぐに話に乗ってきたぞ。
隣国は我が国より裕福であるからな。
第三妃でも、ここの正妃となるより、良い暮らしができるであろう。
我が国としても隣国とつながりができるのは好ましい。
まあ……あちらで問題を起こし、友好関係にヒビが入りそうならば、静かに消えてもらうが」
どのように消えてもらうのですかっ、と王国の片隅で静かに暮らしてきた親子は震え上がる。
「それに、ユリア殿では家の格は釣り合っても。
王子と話が合わなかったらしい。
その点、マレーヌ殿は王立学校でも、幼少の学年から、王子と同じ最上級のクラスにおられるから。
話も合うに違いないと思ったのだ」
いや~、話、合いますかね~?
確かに王子とは同じ学校、同じ最上級クラスの校舎にいましたが。
王子はいつも取り巻きに囲まれていたので、
「これ、落としましたよ」
「ありがとう」
……くらいしか会話したことないのですが。
しかも、
「これ落としましたよ」
と言った方が王子という気の利かないっぷりだったのに。
振り向いて、王子と気づき、
「すみませんっ」
と謝ると、
「いやー、いいよいいよー」
と王子は、ほんわり笑っていたっけな。
宰相アルベルトの話を聞きながら、マレーヌの家族はみな思っていた。
あのほわっとした王子とこのぼんやりした娘。
この国、確実に、この宰相に牛耳られるっ、と。
「あの、宰相様」
と父がちょっとビクつきながらアルベルトに問う。
「そういえば、我が家にはシルヴァーナもおりますが」
マレーヌの姉、シルヴァーナこそ、王子と同じ学年、同じクラスの学友。
何故、シルヴァーナではなく、マレーヌに話が来たのか、確かにちょっと不思議だった。
シルヴァーナは色気もなく、男性が好みそうな豊満な身体つきでもなく。
本の虫で、学園を卒業したあとは、王立図書館に勤めている。
だが、色気の欠片もないのは、マレーヌも同じだし。
シルヴァーナもマレーヌに負けず劣らずの美貌の持ち主だ。
太陽のような金の髪に、明るい笑顔のマレーヌ。
月のような銀の髪に、落ち着いた美しさのシルヴァーナ。
王子と親しく、話が合う、という点に置いては、シルヴァーナの方が上だと思うのだが。
だが、アルベルトは何故か、
「いや、王子の妃はマレーヌ嬢で」
と主張する。
「シルヴァーナもいい子なんですが」
行き遅れそうな娘を父は王子に押し付けようとしていた。
「いや、マレーヌ嬢で」
「シルヴァーナもああ見えて……」
「マレーヌ嬢で」
いや、なんでそんなに私推しなのですか、とマレーヌは困ったように冷たい瞳の宰相様を見た。
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