21 / 21
それぞれの道
お前はお薦めの品ではない
しおりを挟む王子の執務室を出たあと、アルベルトはいつものようにマレーヌを見下すように見て、言ってきた。
「どうやら、この話はなかったことになりそうだな」
そうですねとマレーヌは、ホッとして微笑む。
「まあ、よく考えたら、お前はあまり、お薦め商品ではないよな」
そう切って捨てられるが。
その口調も冷ややかな瞳も好きだな、とマレーヌは思っていた。
「それで……」
それで? とマレーヌが見つめると、
「それで」
ともう一度言ったあと、アルベルトは咳払いした。
「王子との婚姻が上手くいかなかった娘は、礼儀として、他の有力な貴族に紹介するという習慣が我が国にはあるのだが」
「そうなのですか?」
「ルーベント公爵の連れてきた娘は、その制度、断ったようなのだが」
レティシアは、もう別の自分の道を見つけたのかもしれないな、と思ったとき、アルベルトはマレーヌを見下ろし言った。
「このような娘を他の者に押し付けるのもあれだ」
そこで、アルベルトは沈黙する。
期待と緊張でバクバクしながら見上げるマレーヌをいつものように蔑むように見ながら、アルベルトは言った。
「……私がもらおうか」
赤くなったマレーヌは俯き、小さく言った。
さ、差し上げます、と。
振られてしまったな。
というか、アルベルトめ。
自分が気に入っていたのなら、何故、私のところに連れてきた?
と王子はもっともな疑問を抱きながら、王立図書館に来ていた。
王宮の近くで一番静かそうだったからだ。
「あら、エヴァン、ごきげんよう」
そう話しかけてきたのは、シルヴァーナだった。
好みのタイプではないが、相変わらず、美しい。
知的で品の良い目で笑い、シルヴァーナは言う。
「もう学生ではないのだから、人前で名前で呼ぶべきではなかったわね」
「いやいや、いいのだ。
お前たちにまで畏まられたら、息を抜くところがなくなるからな」
「シルヴァーナ様、これ、二階に持って上がりますね~」
若い娘がシルヴァーナに声をかける。
シンプルなドレスなので最初はわからなかったが、ルーベント公爵が連れてきた娘、レティシアだった。
さまざまな娘を連れて、大貴族たちが現れるが。
この娘は、ちょっと困り顔で現れたマレーヌの次に嫌そうに挨拶してきたので印象深かった。
レティシアは、こちらに向かい、ぺこりと頭を下げて行ってしまう。
その後ろ姿は別人のように生き生きしていた。
「いいな、好きなことがやれて」
ちょっぴりそんな感傷的なことを言ってしまったが、シルヴァーナにはあっさり、
「あら、王子がお好きなのは、国民の笑顔を見ることでしたでしょう?
充分お好きなことをやれる立場にあると思いますが」
と言われてしまう。
そのとき、館長が現れた。
こちらに向かい挨拶したあとで、シルヴァーナに言う。
「この間希望のあった本だが。
ちょっと本年度の予算では手が出ないかなという話になったよ。すまないね」
シルヴァーナは、えーっ、という顔をしたあとで、ふと気づいたようにこちらを見た。
「王子、マレーヌと結婚されるのですよね?」
えっ?
そうなのですか? という顔をする館長の前で、王子は渋い顔で言った。
「いや……マレーヌは宰相と結婚するようだよ」
「あらそうなんですか」
あっさりだな……と思った自分に、シルヴァーナは、
「残念だわ。
マレーヌが王妃になるのなら、予算を都合してもらうか、あの本買ってもらおうと思ってたのに」
と愚痴る。
そして、ちょっと小首を傾げたあとで言った。
「そうだわ、王子。
私と結婚しませんか?」
「は?」
「害のなさそうな我が家の娘と結婚したいのでしょう?
私はいかがですか?」
と視察に出た先で出会った野菜売りのおばさんのようなことを言う。
「私が好みでないのは存じております。
私も王子は好みではありません」
ハッキリ言うなあ、と思ったが、賢いシルヴァーナは、
「ですが、意外と結婚というのは、好みでない者同士のほうが長く上手くいくものなのかもしれませんよ。
相手にそんなに期待してないので、嫌なところが見えてきてもガックリこないですしね」
と言う。
「まあ……そんなものかもしれないな」
「熱くお互いを求め、燃え上がった二人はすぐに鎮火するもの」
王子、私と結婚しましょう、とプロポーズされる。
「だから、本買ってください」
とシルヴァーナは館長の手にあった本のメモをとり、渡してくる。
笑ってしまった。
「お前はいつもわかりやすくてよい」
そう言ったあとで、王子は言った。
「しかし、熱く相手を求め、深く愛し合っているカップルが上手くいかないというのなら、アルベルトたちは上手くいかないな」
そうかもしれませんね、と言いながらも、それは別にどっちでもいいようで、シルヴァーナは、ぎゅっと本のメモを自分の手に握らせる。
上からレティシアが覗いて笑っていた。
さて、深く愛し合っていると王子たちに認定されたマレーヌたちだが。
案の定、愛が深いが故に、帰りの馬車で、早々に揉めていた。
「戴冠式のときのことは覚えている。
お前は私が見つめても、他の人間のように青ざめ、目をそらしたりしなかったから」
だが、お前の記憶は少し違う、とアルベルトは言った。
「お前と私が初めて会ったのは私の叔母上の婚儀のときだぞ」
「えっ? そうでしたっけ?」
「お前は、だあだあ言いながら、叔母上のベールをつかもうとして、乳母に慌てて連れて逃げられていただろう。
何故、私の方しか覚えておらぬのだ」
「……だあだあって。
それ、赤子じゃないですかね? 私」
覚えてないですよ、むしろ、よく覚えてましたね、とマレーヌが言うと、
「何を言う。
あんな天使のように可愛い赤子は他にいないと思って眺めておったのだ。
それからもお前を観察していた。
いつまでも幼な子のようなつるつるの肌をして愛らしい。
そんなお前の成長を見守らない者などこの世界にいるはずもないっ」
……ほ、誉め殺しでしょうか、とマレーヌは赤くなる。
いや、目線は相変わらず、罪人でも見るかのように厳しいんだが……。
「まあ、ともかく、王子の結婚が決まらねば、私は結婚できぬ」
あくまでも王子の忠臣であろうとするアルベルトはそう言った。
「そうですねえ。
あっ、お姉さまはどうですか?
きっと良い妃となり、王子を支えてくれるのではないかと思うのですが」
「そうか。
だが、お前の姉もお前と一緒で強情そうだ」
「ではまず、姉たちをどうにかしないとですね」
と笑うマレーヌたちは、すでに姉と王子の結婚話がまとまっていることを知らなかった。
遠ざかる王宮を振り返り、マレーヌは思う。
来るときには、こんな幸せが待っているなんて思わなかったな、と。
……いや、宰相様は相変わらず無表情なんだが。
でも、この顔が好きかも、と横に座るアルベルトを見て微笑む。
マレーヌと視線を合わせたアルベルトはいつものように渋い顔をした。
なにか迷っているようだった。
かなり迷って。
そして、困って。
それからそっと――
マレーヌの手を握ってきた。
なにか私に恨みでもあるのですか。
地獄に突き落としたいという感じの顔で見てますけど、と苦笑いするマレーヌからアルベルトは視線をそらし、馬車の窓の方を向く。
そのまま、こちらに顔を向けることはなかったが、ぎゅっと強くマレーヌの手を握ってきた。
マレーヌは微笑み、そっとその手を握り返す。
「……もう私たちは駄目かもしれないな」
唐突にそんなことをアルベルトは言い出した。
「えっ? 何故ですか?」
今、思いが通じ合ったばかりなのにっ、と思うマレーヌにアルベルトは言う。
「先ほどお前は私の冷たい目線や突き放したような口調が好きだと言っておったが。
愛を自覚した今、愛しいお前を見下すような目で見たり、なじったりする気にはなれないのだ」
愛想を尽かされてしまうやもしれぬ、と心配するアルベルトだったが、振り返った彼の視線は、充分、氷のようだった。
マレーヌはつい、笑ってしまい、
「なにがおかしい」
とさらに睨まれる。
「いえなんでも……あの、私、きっと宰相様が一生大好きです」
そのとき、マレーヌは信じられないものを見た。
アルベルトがちょっとだけ口の端を上げたのだ。
微妙な変化ではあったが、笑ったように見えた。
感激してマレーヌは叫ぶ。
「笑った顔も大好きですっ。
宰相様ならなんでも好きですっ」
「やめぬか、この痴れ者がっ。
お前のその深い愛の言葉を聞いた男が、そのように自分も愛されてみたいと願い。
お前をさらおうと画策するやもしれんっ。
マレーヌよ。
それ以上、可愛らしいことを言ったり、花のように笑ったりすると、一生監禁するぞっ」
そんな二人のやりとりを聞いていたマテオは、馬車の横を並走しながら、ふうー、と深い溜息をつく。
莫迦莫迦しいうえに、熱すぎたからだ。
馬車はユイブルグ公爵家へと向かっていた。
二人の婚姻を認めてもらうために――。
二人を乗せた馬車はガタゴト揺れながら、鮮やかな緑に覆われたユイブルグ公爵家の森へと進んでいった。
完
250
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(5件)
あなたにおすすめの小説
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」と言われたので別れたのですが、呪われた上に子供まで出来てて一大事です!?
綾織季蝶
恋愛
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」そう告げられたのは孤児から魔法省の自然管理科の大臣にまで上り詰めたカナリア・スタインベック。
相手はとある貴族のご令嬢。
確かに公爵の彼とは釣り合うだろう、そう諦めきった心で承諾してしまう。
別れる際に大臣も辞め、実家の誰も寄り付かない禁断の森に身を潜めたが…。
何故か呪われた上に子供まで出来てしまった事が発覚して…!?
運命の番より真実の愛が欲しい
サトウミ
恋愛
田舎娘のゾーイは龍族の王子・シャウロンの『運命の番』だった。
ロマンチックな恋を夢見るゾーイは『運命の番』であるシャウロンと会えるのを楽しみにしていた。
しかし、シャウロンはゾーイに対して素っ気ない。
運命の番だからといって、必ずしも愛し合う関係だとは限らないらしい。
それを悟ったゾーイは、シャウロンのもとから去ることを決意した。
乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!
ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。
相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。
結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。
現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう…
その時に前世の記憶を取り戻すのだった…
「悪役令嬢の兄の婚約者って…」
なんとも微妙なポジション。
しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。
きっと幸せな異世界生活
スノウ
ファンタジー
神の手違いで日本人として15年間生きてきた倉本カノン。彼女は暴走トラックに轢かれて生死の境を彷徨い、魂の状態で女神のもとに喚ばれてしまう。女神の説明によれば、カノンは本来異世界レメイアで生まれるはずの魂であり、転生神の手違いで魂が入れ替わってしまっていたのだという。
そして、本来カノンとして日本で生まれるはずだった魂は異世界レメイアで生きており、カノンの事故とほぼ同時刻に真冬の川に転落して流され、仮死状態になっているという。
時を同じくして肉体から魂が離れようとしている2人の少女。2つの魂をあるべき器に戻せるたった一度のチャンスを神は見逃さず、実行に移すべく動き出すのだった。
女神の導きで新生活を送ることになったカノンの未来は…?
毎日12時頃に投稿します。
─────────────────
いいね、お気に入りをくださった方、どうもありがとうございます。
とても励みになります。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。
巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。 〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜
トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!?
婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。
気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。
美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。
けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。
食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉!
「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」
港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。
気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。
――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談)
*AIと一緒に書いています*
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
とても面白かったです。
くすくす笑いながら読み終えました。
一途なのにやることがストーカーだったりスパイ狩りだったりするマレーネも、無自覚に彼女を気に入っていたアルベルトも面白すぎる。
二人してこれからも愉快に王子を支えていってほしいです。
腹黒さが全くない当て馬な王子様も無事に結婚相手見つかってよかったよかった。
ぱんださん、
ありがとうございますっ(⌒▽⌒)
嬉しいですっ。
なんだかんだで、みんな幸せにやってって欲しいですね~╰(*´︶`*)╯♡
また頑張りますね~。
ありがとうございましたっ(^^)
さばこさん、
ありがとうございますっ(⌒▽⌒)
嬉しいですっ。
いや~、確かに(^^;
お姉さんとの方がお似合いですよね、王子。
ありがとうございます。
また頑張りますね~(⌒▽⌒)/
もぉもぉもぉ‼️このお話めっちゃ好きです‼️‼️‼️登場人物がみんないいです✨これからの2人を見て行きたくなります😆
松竹梅さん、
ありがとうございますっ(⌒▽⌒)
またいつか、つづきのお話とか書けたらいいんですけど。
また頑張りますね~っ(⌒▽⌒)/