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社長っ、婚姻届を返してくださいっ!
ほんとうに婚姻届を出していました
しおりを挟む「出してました」
と青ざめてのどかは帰ってきた。
区役所に行って、確認してきたのだ。
「でも、夜間の受付で預かっただけなので。
連休明けに二人で印鑑を持ってくれば取り下げられるそうです。
でも、令和元年五月一日には、婚姻届を持ってカップルが押し寄せるだろうから、特設ブースを作って受け付けるそうなんです。
もしかして、そのとき、一緒に処理されちゃうかもしれませんっ」
「特設ブース?」
とデスクから目を上げ、貴弘が訊いてきた。
「二人で令和元年のパネル持った写真を撮ってくれるらしいですよ。
最近の区役所は何処もサービスいいですよね」
と教えると、
「そうか。
じゃあ、行くか」
と貴弘が言ってくれた。
「ほんとですかっ?」
とのどかは身を乗り出したが、
「写真撮りに」
と貴弘は言う。
「まだ処理されてないんだろ?
出しかえるか。
令和元年五月一日の日付で」
元号変わるなんて、滅多にないことだし、と貴弘は呑気なことを言い出した。
「いやいやいやっ。
そうじゃなくてっ」
とのどかは貴弘の広いデスクに手をつき、訴える。
「婚姻届を取り下げてもらいましょうって言ってるんですよっ。
貴方も酔った弾みで出しただけなんでしょ? 婚姻届」
今すぐ撤回に行きましょうっ、と言うのどかに、貴弘はめんどくさそうに、
「今、忙しい」
と言う。
「なんのために連休前のこんな時間に会社に居ると思う。
仕事煮詰まってるうえに、時間がないんだよ。
息抜きにバーに行ったら、たまたまお前が居て。
気分転換に二人で役所まで歩いて。
一服して、頭がすっきりしたところだ、邪魔するな」
……気分転換に婚姻届を出さないでください、と思うのどかに、貴弘はデスクトップパソコンの画面を見たまま訊いてくる。
「どうして、離婚したい?
お前にとっても悪い話じゃないだろう?」
「……え」
「みんな彼氏と行ってしまって、ひとり呑んだくれてたってことは、寂しいと思ってたんだろ。
俺はそんなに饒舌じゃないが、相槌を打つくらいはできるぞ」
いや、饒舌じゃないって、結構しゃべってますよ……。
しかも、ロクでもないことばかり。
「会社もぼちぼち軌道に乗ってきたから、貧乏でもないし」
……そのうえ、あっと驚くようなイケメン様ですもんね。
最初に見たとき、何処の国の王子様かと思いましたよ。
びっくりするくらい整った容姿をしているうえに、品があるというか。
お茶を出すのにも緊張しそうだと思ったのを覚えている。
いや、私はお茶も出さずに物陰から見ていただけなんだが……。
「あのー、相手が誰であろうと、知らない間に結婚してるとか、どっちかと言えば、悪い話かと」
とのどかが言うと、貴弘はチラとパソコンのディスプレイから目を上げてこちらを見る。
みっ、見ないでくださいっ。
なんだかわからないけど、見つめないでくださいっ。
目は心の窓とか嘘だな、とのどかは思っていた。
ちょっと邪悪な感じのする、このやり手の若社長の目が、こんなに澄んで綺麗だなんてっ。
固まるのどかに、貴弘は溜息をつき、
「そんなに俺が嫌なら、誰か、俺がお前と離婚したくなるような、すごい美人でも連れてこい」
と言い放つ。
「わかりました」
と言って、のどかは出て行った。
出て行ったか……、
と貴弘はのどかが消えたオフィスの入り口を見る。
婚姻届を取り下げるのを諦めたのか。
正気に返ったようだから、弁護士でも呼びにいったのか、と思っているうちに、すぐにのどかが返ってきた。
「連れてきました」
「……誰を?」
のどかの後ろから、何故かエプロン姿の巨乳の美女が入ってきた。
「誰だ、こいつは」
「姉です」
「姉がどうした」
「いえ。すごい美人を連れてこいと言われたので」
……本当に連れてくるな。
「まあ、確かに、お前とは似ても似つかぬ色っぽい美人だが」
と言うと、
「はあ、新婚の人妻なので、色っぽいかと」
とのどかは言い出す。
その途端、その色っぽい新婚の人妻が叫び出した。
「あんた、私、朝ごはんの仕込みの鍋かけたまま来たのよ。
焦がしたら離婚されるじゃないのっ」
どんな夫だ……、と思っている間に、のどかの姉は帰っていった。
「人妻連れてくるなよ……」
「いや、他にすごい美人のあてがなかったので。
ああ。
あと、母が居ますが」
「俺より、幾つ上なんだ」
「祖母も居ますよ。
大正美人です。
みんな私とは違う、しゅっとした美人顔で。
……私、実は血が繋がってないんですかね?」
といきなり自分の出生に不安を覚えたらしいのどかが、可愛いらしいぼんやり顔で言ってくる。
「大正美人も遠慮しておくが……。
っていうか、何故、身内でまとめようとする?」
「いえ、こんな時間に人様にご迷惑をかけては悪いかと」
「身内でも充分迷惑だろうよ」
と言って、貴弘は仕事に戻る。
のどかはそのまま、デスクの前に突っ立っていた。
どうしていいのかわからないのだろう。
「おい」
「はい」
「……俺に区役所に行って欲しいなら、お前も仕事手伝え」
「えっ?」
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