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社長っ、婚姻届を返してくださいっ!
こうして、会社をクビになりました
しおりを挟む奥さんの誕生日なんでちょっと抜けて食事に行っていたという小林とともに、のどかたちは作業を続けた。
そのうち、家で仮眠を取ってきたらしい社員たちが次々と現れる。
そのたびに、貴弘に、
「妻だ」
と機械的に紹介されては、寝不足らしいその社員たちに、
「ああそうですか」
と流される。
いいのだろうか。
こんな状態で作った資料で……。
そして、連休なのに、ずっと働いているのだが、連休の意味とは?
と明るくなってきた空を見ながらのどかは思う。
どうやら、このコンペの話、嫌がらせか、連休ギリギリまで変更になった期日やなにかがこちらに伝わってこなかったようなのだ。
「その点は謝罪する。
まあ、俺のせいではないが。
それで気になって見にきたんじゃないか」
と作業を手伝いながら、信也が言う。
心配して見にきたんだったのか……と思うのどかの右隣で、名前も知らない若い男性社員がなにやらブツブツ言っている。
「……ハワイに行くんですよ、僕。
絶対乗るんですよ、二十九日には飛行機。
南の島でなにもかも忘れて空を見て寝転がるんです」
この状態で、ハワイに行っても爆睡してそうだが……。
そして、左隣では、
「……僕は、実家に帰るんですよ。
そして、連休に私も帰るね、と言っていた佐知子にプロポーズするんです。
佐知子は連休前半しか帰ってきてないんですよ。
早くプロポーズしないと、双方の親に挨拶したり、式場見に行ったり、ドレス見に行ったりできないじゃないですか。
……綺麗だろうな、ウエディングドレスを着た佐知子。
社長はどうやってプロポーズしたんですか?」
とうつろな目で、違う男性社員が呟いている。
貴弘は沈黙したまま、グラフの確認をしていた。
ともかく、みんな早く仕事にケリをつけて、連休に突入したいようだった。
貴弘がこちらに来て、後ろから、のどかが直していた図を覗く。
ち、近いですよ、社長っ、と固まるのどかに貴弘が言った。
「ほう。
お前、なかなか配置がうまいな。
配色もいい」
「友だちに頼まれて、よく表紙作るのとか手伝ってたんで」
とのどかも睡眠不足でぼんやりしたまま言う。
「職場の友だちか?」
「いえ、学生時代の、夏と年末に忙しい友だちです……」
なんだそりゃ、と貴弘に言われる。
まあ、知らないだろうな、この人は、コミケとか。
「私は人生のすべてを此処にかけてるんですっ。
その日だけは休ませてくださいっ」
と言ってきた部活の後輩のことをふと思い出していると、唐突に、信也が訊いてきた。
「そういえば、貴弘の妻は何故、前の会社をクビになったんだ?」
眠気覚ましの話題にしては、ディープだな、と思いながら、のどかは言った。
「それがいきなり、社長に、お前はクビだ。
出て行けと言われまして」
「……いまどきどんな会社だ」
と信也が呟く。
「私もそこまで言われて会社に残るのも癪なので。
わかりました。
出て行きますっ、と言ってやったんです」
「待て」
と聞いていないのかと思われた貴弘が、タブレットを手に、こちらを向いた。
「その会話、社長と部下の会話にしてはおかしくないか?」
「小中高と一緒だったんです。
海崎社長と。
っていうか、私が先に入社してて、奴はいきなり後から社長になったんですよ。
嫌ですよね~、そういう親族経営のグループって」
と言うと、みんなが信也を見る。
「お前もだろっ」
と信也は貴弘に怒鳴ったが。
「いや、俺はもう離脱したから関係ない」
と言う。
「海崎社長なら俺も知ってるよ。
若いのに、やり手だが、結構なワンマンだよな」
と信也が言う。
「威張ってるようで、そうワンマンでもないが、やり手でない奴とどっちがマシだろうな」
と貴弘が呟く。
「だから、誰の話なんだよ」
と言われるがまま仕事をしながら、信也が睨んだ。
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